2004-12-19 (Sun) [長年日記]
#1 情報社会学(若手)研究会:「ネットとジャーナリズム」
に行ってきたよ。切込隊長が来られるという噂だったけど、道に迷って来られなかったそうで。会場ではみな待っている感じだったので、残念でした。
(その後の私的な会合もあわせて)すごく面白かったのだけど、どうまとめて良いのかまだよくわからないのと、どこまで書いてよいのかわからないのでとりあえずメモ。
- 「メディアは中立的なものであるべきだ」という考えには歴史的経緯がある。
- 俗情に訴える、扇動というのはあるレベルでは非常に有効。
- 民主主義の話とか(すいません私この方面疎くてわかりませんでした)
- 結局食えなきゃダメでしょ(それを業とする人が成立しないとね)という話。広告モデルだけでは無理なので、参加者から課金する方法も考えないと。
- 新聞は本紙の広告と折込ちらしで、二重に広告に頼っている。本紙の広告収入比率は日本はアメリカより低いようだが、日本には販売店と折込ちらしがある。
- 販売店制度のせいで、新聞社は読者像をじかにつかんでいない。
- 新聞は本紙の広告と折込ちらしで、二重に広告に頼っている。本紙の広告収入比率は日本はアメリカより低いようだが、日本には販売店と折込ちらしがある。
- 現状のブログは、食うに困らない人・組織のサポートのある人なら全精力をそそげるが……ギリシャの直接民主制も奴隷に支えられていたわけで、そういうものかも。
- 人生で半年だけ無職になり、全精力をかけてブログを書く。それで自分の名前を売る。そういう人が入れ替わり立ち代わり出てこれば…?サステナビリティがどのレベルで確保されていると見るか。
- AOLのサイト(@niftyのような、プロバイダによるポータルと見てよいか)に、金を出すから(宣伝のために)ニュースを掲載させて欲しいという通信社が現れた。それまでは新聞・通信社は、「掲載させるのだからお金をもらって当然」と考えていたが…
このあたりは、ネットに載せるということは誰でも低コストで見られるということで、それは評判を得るのには良い方法だけど、本当は評判だけじゃなくてお金も欲しくて、でもお金を取ると取らない場合より少しの人にしか見てもらえないから…という、あらゆるネットサービスに共通するジレンマかな。
だから、ネットじゃないところで金儲けをするといいよね、無料でデータ化した作品をばらまいておいて、ミュージシャンはライブで、文化人は講演でお金を回収しましょう的な話はもはやお約束だ。でも、ジャーナリズムというのはその最終的な商品が情報だから、この手は使いにくいよね、で、どーするの?というところで詰まってしまうのかなぁ。
- 信頼されるブランドの情報にお金を出したい人はいつも存在するだろう。いかに信頼されるゲートキーパーになるか。
- 駕籠かきと鉄道経営者は別の組織であった。それと同じように、既存のマスコミが今後ネット時代の信頼される情報提供組織であるかどうかは…?
- 「インターネットの中抜き」現象がジャーナリズムでも
- ←→大多数のブログはマスコミの流す一次情報にコメントしているだけではないか。
- ブログの最適な使い方は天才を待つしかないかも(例:エジソンと蓄音機)
まぁひとことでいうとR30さんのいうとおり
で、集まった議論好きな面々は、主賓の切込隊長不在のままジャーナリズム論に熱くなり、予定の時間を40分以上オーバーしてしゃべりまくりましたよ。ええ、民主主義の行方から業種別ゼニの儲け方まで、業界インサイドのきわどい話が飛び交い、めちゃくちゃ面白かったっす。
なかんじでしたね。えぇ。
参加者の方々のリンク。
先日、GLOCOMの情報社会学(若手)研究会に参加させていただきました。 もともとは「ネットは新聞を殺すのか」の湯川さんと切込隊長の対談の予定だったんですが、残念ながら切込隊長は参加できず他のメンバーによる濃いディスカッションとなりました。 今...


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