2004-06-02 [長年日記]
# [Net] POPFileの結果
5/4に使い始めてもうすぐ一ヶ月になるので、結果を残しておく。
分類されたメール数
| バケツ | 分類数 | 誤検出 | 見逃し |
| other | 143 (62.44%) | 12 | 5 |
| personal | 17 (7.42%) | 2 | 5 |
| spam | 69 (30.13%) | 1 | 13 |
| work | 0 (0.00%) | 0 | 0 |
| unclassified | 0 (0.00%) | 8 | _ |
分類精度
| 分類されたメール数 | 229 |
| 分類エラーの数 | 15 |
| 精度 | 93.44% |
単語数
| バケツ | 単語数 |
| other | 1,919 (17.03%) |
| personal | 1,571 (13.94%) |
| spam | 7,773 (69.01%) |
| work | 0 (0.00%) |
# [Net] ロリポップでNOTA
ロリポップで、NOTAを先着100名に限定登録受付中とのことなので申し込んでみた。
- かきこみ不可の見本はここ:http://nota.lolipop.jp/sample/
申し込み自体はできたが、もしかしてすでに100名オーバーしているかもしれない。とりあえず待ってみる。
追記(2004/06/03)
申し込みは締め切っているが、使う方法についての連絡は来ていない。
NOTAって、私も使ってる紙2001の洛西一周氏が開発してたのね。紙の有料版紙copiをウェブでやったのがNOTAなわけか。
追記(2004/06/10)
申し込み後一週間たっても何も連絡がないので、問い合わせてみたところ、申し込んだなら自動送信メールが届いているはずだと言われたが、そういうメールは来ていなかった。
そのことを伝えると、
こちらで再度確認させて頂きましたが、NOTAのシステム上お申し込みの履歴がない為、自動送信されておりません。
その為、送信できる参加受付メールもありませんでした。
つまり、もともと私が申し込んだことにはなっていなかったらしいのだ。でも確かにアカウントとか入力したのになぁ。というわけでNOTAを使うのは無理そうだ。orz
2004-06-03 [長年日記]
# [Misc] 豊かさが招く不幸
国内総生産(GDP)は過去30年間で2倍以上に増加したが,「非常に幸せ」と感じる人の割合は約5%ほど減少した。これは1400万人に相当する。さらに,抑うつ状態になる人が増えている。もちろん幸福感の低下を1つの要因で説明できるわけではない。だが,さまざまな調査から,選択肢の爆発的な増加が幸福感を低下させる重要な要因になっていることがわかってきた。
via あけてくれ
アメリカでは、同じ期間に貧富の差も広がっていたはずだ。「『金持ちなら選べる選択肢』が自分には選べない」ことによって幸福感が下がっているということもあるんじゃないかなと思った。
上記の「さまざまな調査」によって「選択肢の増加そのものが幸福感を低下させている」と直接説明しているかもしれないので、なんとも言えないのだけど。
たぶん、世の中にある選択肢の数にかかわらず、自分の精神的肉体的限界というものがあって、それ以上のことをしようとすると精神的に不幸になるのかもしれないなと思う。
# 明日から
また東京に行ってきます。などに参加してきます。
2004-06-04 [長年日記]
# [Book][Todo] 読んだ本&読みかけの本
読んだ本
昨年末あたりから今までに読んだ本。ちゃんと一冊ずつ感想を書こうと思っていたが、読んだけど感想を書ききれない本がどんどん増えてきたので、とりあえず列挙しておく。
- 岩木秀夫『ゆとり教育から個性浪費社会へ』(ちくま新書)
- 浅羽通明『ナショナリズム』(ちくま新書)
- 浅羽通明『アナーキズム』(ちくま新書)
- 永井均『〈子ども〉のための哲学』(講談社現代新書)
- 上岡信雄『ニューヨークを読む』(中公新書)
- 竹内洋『教養主義の没落』(中公新書)
- 橋本治『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)
- 小谷野敦『バカのための読書術』(ちくま新書)
- 内田樹『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)
- レベッカ・ブラッド『ウェブログ・ハンドブック』(毎日コミュニケーションズ)
- リンドバーグ夫人『海からの贈物』(新潮文庫)
- 野地秩嘉『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)
- 上山和樹『「ひきこもり」だった僕から」(講談社)
- ケン・スミス『誰も教えてくれない聖書の読み方』(晶文社)
- ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて(増補版)(上)』(岩波書店)
- 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)
そのほか藤堂志津子の小説を10冊以上読んだけど、これは省略。
読みかけ
読みかけが多すぎ…それなのにどんどん新しい本を買ってきてしまう。
- 結城浩『暗号技術入門』(ソフトバンク・パブリッシング)
- 大田肇『ホンネで動かす組織論』(ちくま新書)
- 五十嵐太郎『読んで旅する世界の名建築』(光文社新書)
- 阿部和重『インディヴィジュアル・プロジェクション』(新潮文庫)
- 斉藤綾子『愛より速く』(新潮文庫)
- 岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書)
- ジョン・ダワー『敗北を抱きしめて(増補版)(下)』(岩波書店)
- 『別冊宝島176 社会学・入門』(宝島社)
- 『大学(InterCommunication 2004 Spring)』(NTT出版)
ほんとはこれらに追加して、買ったけどまだ読んでない本を書こうかと思ったのだけど、読みかけの本が思ったより多くて入力が大変だったので、省略する。
2004-06-05 [長年日記]
# [Wiki]
勉強会には出席せず、その後の飲み会にだけ参加。
- はてなの近藤さんに会えた〜
- たださんのポジションペーパー(PDF)がとてもかわいい
- 結城さんとyomoyomoさんはかけあい漫才のようだった
- tDiary-users offをやりましょう
- 気づけばみんなmixiに入っている
- 個人的には特に、結城さんやたつをさんあたりと話した Google Adsenseと*1、ネットでの自己表現と広告、あたりの話が面白かった。忘れないうちに文字に起こしておいたほうがいいかもしれない。
勉強会のポジションペーパーを見せてもらったが、「会社でWikiを使う」というのは私の限られた会社員生活の常識を超えている。そもそも、会社でサーバーを個人が立てられて、自由にCGIを入れることができて、それを他の人にも見せることが出来る環境なんて、ないところも多いのではないか。
そのへんIT系の会社は、仕事を進めるための仕組みが使いにくかったらツールを個人が作ったり、フリーのものを外部から仕入れるなりして進めることが出来るみたいでうらやましいなぁ。出版社でも、今日*2読んだInternetMagazineでは、編集部の情報共有にWikiを使っているそうだ。
Wiki一般については「なぜWikiがマイナーなのか?」と考えている人もいるみたいだけど、私はネット上で見て回る限りでは、それほどだとは思わないなぁ。つまり、なにか文書を作るときに「みんなで書き換え可能なページをいじった方が能率が良い状態」であるようなときに、そのメンバーの誰かが「だったらWikiにしようよ」と言ってそれが実行されれば良いわけだ。最初はネット技術系のネタが中心だったろうけど、最近では橋本治ファンにまで利用されているみたいだし。
とにかく「ページを書き換え可能な仕組みがあると、便利なときがあるよね」ということだけがキモであり、その他の機能はその場の要求に合わせてあればいいと思うので、Wikiである必要さえもないかもしれない。それから、個人的には一般的なWikiエンジンについている機能があれば、これ以上欲しいものは特になかったりする。
今後のWikiばなのネタについては、shinoさんは「かならずしもWikiにこだわらない」と言っておられたので、なにかよいネタがないか私も考えてみます。
それから、この手のオフ会って、私もこれのために上京したわけなんだけど、地方の人がうらやむのもよく分かる。そもそも私がよく読んでいる日記を書いている人もほとんど首都圏在住である。こういう、うまくいえないけど文化圏を同じくする人って中部地方にもいるのだろうか。私が知らないだけでちゃんといるよ、ってことだと嬉しいけどな。
2004-06-10 [長年日記]
# [tDiary] ping.rb
sourseforge.netから tdiary/plugin と tdiary/plugin/ja*1 の両方からping.rbを持ってきてそれぞれ対応するディレクトリに入れる。
ping先としては、に載っているものすべてを入れてみたが、更新が結構重い。それから、ちょっとした修正のときはpingしないほうが良いのではなかろうか。
http://ping.myblog.jp http://ping.cocolog-nifty.com/xmlrpc http://ping.bloggers.jp/rpc/ http://bulkfeeds.net/rpc http://www.blogpeople.net/servlet/weblogUpdates
この5つのうち、上から4つにはちゃんと掲載されたことを確認した。最後のBlogPeopleには、私の確認した限りでは載らなかったようだが、「BlogPeopleの会員が登録したサイトの更新最新トップ100です。」とのことなので、誰かがこの日記を登録しないと意味ないのかなぁ。ちょっとよくわからない。
*1 こちらのディレクトリにping.rbがあることを気づかず、うまく動かないのを不具合だと思い、延々とエラーメッセージをコピペしてましたが、理由が分かってみるとあまりにも無意味なので消しました
# [Wiki] Wikiのデザイン
でWikiのデザインについて*1盛り上がっている。
ここで話題になっている、「見栄え」の方にはあまり興味がないが、それぞれの「機能」をどう配置するかについては、以前から現行のwikiにはいろいろ改善の余地があると思っていた。
FrontPage IndexPage 編集 検索 差分 更新履歴 RSS
一般的には、一番上の行はこういった要素が並んでいる。しかし、ばらばらのものを無理に一列に並べていて、はじめて見た人は分かりづらいのではないか。
たとえば、
- 上の要素の中で「差分」「編集」というのはそのページについてだが、その他の要素はWiki全体についてだ
- 「FrontPage」はそのWiki全体のトップページなのだから、もっと扱いが大きくていいはず(PukiWikiなんかだと左上に大抵正方形のアイコンがあるけれど)
- 「更新履歴」は最近はサイドバーに載せるのが一般的になってきた
- 「検索」は、ワンクリックして検索ボックスの出る画面に行くのが面倒
そこで、wikiより一般的に見慣れている人が多く、個々の要素をそれなりに妥当に配置している(と私には思える)weblog形式に近づけてみた。
- 全体のタイトル(1)を大きくのせる(ここをクリックするとFrontPageに行けるようにする)、ページ名(2)はあくまでも(1)より下部の要素だということがはっきり分かるようにする
- "wiki全体"に対しての各種機能はサイドバーにまとめる
というのがメインの特徴である。その他細かい話としては、
- WalWikiで段落ごとに編集できるのが気に入っているので取り入れてみた。
- この画像で「差分」になっているところは「ページ全体の編集」の方がいいかもしれない(画像作り直すのが面倒になってきました、すみません)
- 「差分」はページ名(2)と目次の間にあるか、ページ名(2)の上でもいいかもしれない。
*1 …と思い込んで「Wikiデザインバトル」にも書き込みをしていたのだけど、どうも私が間違っていたらしい。「Wikiのデザイン」ではなく、「『wikiのデザイン』をwikiばなで取り上げるときのやり方」について論じる場だったようでした。ご迷惑をおかけしました
# Takachin [こんにちは。私もまったく同じではないのですが、Blogの配置は一般的にも受け入れられすいかもと思い、実践しようとして..]
# yuco [おお、やはり私の思いつくようなことはやっておられる方がいるものですね。特にまちゅさんの発想はほとんど同じですね。 ..]
# ふじさわ [個人的には、トップ(最上段のレイヤ)に「about」を置くと安心感がある気がします。たいてい初めて見るサイトではab..]
# yuco [web日記のデザインって、舶来weblog系ほど「これ」といったデザインが決まっていないですよね。しいていえばhns..]
# ふじさわ [それは激しく悪い例です(笑)。……と思って良い日記を探したんだけど、あまり良いのが見つからなかったです。あれー、おっ..]
# ただただし [たしかWikiWayでは、WelcomeVisitorってページがaboutの役目を果たしていると書いてあったような..]
# yuco [うう…WikiWay読んだのにちゃんと覚えてない >WelcomeVisitor 日本人にとってあまり直感的でない..]
# yomoyomo [実は僕もよくは覚えていないのですが(笑)、表紙ページにそのWikiサイトが扱うテーマを簡潔に記述し、Wikiサイトの..]
# yuco [>yomoyomoさん まとめありがとうございます。 あとはこういうwikiクローンを誰か作って配布してみて!とい..]
# viagra [この間も俊太郎の詩をお, http://www.stlouisbusinesslist.com/business/..]
2004-06-11 [長年日記]
# [Net][News] 律儀なレッシグたん
文面によると、レッシグ氏はメモを送付する前の1週間、2002年1月からたまっていた未返信の電子メールを80時間かけて整理し、「なみはずれた労力を費やさないかぎり」、すべてのメッセージに返信するのは絶対に無理だと判断したという。
レッシグ氏が受け取った電子メールの多くはファンからのものだ。レッシグ氏は5段落の文書で5回も謝っており、電子メールに返信しないことで、「サイバースペースにおける礼儀」の最も基本的な部分に背いたと自ら認めている。
レッシグたんほどの有名人が、今まで受け取ったメールにすべて返事しようとしていたこと自体は確かに驚きだが、
レッシグ氏の宣言を人目を惹くための行為ととらえる人も一部にいる。
っていうのは言いすぎじゃないの?この記事の後段は全体的に大袈裟だなぁ。というか、大学教授だったら普通に秘書を雇えるんじゃないかと思うのだが。
blogを探したがこれについて触れている部分はなく、Newsのページにこのニュースへの簡単な紹介があるだけだ。
話はそれるが、Lessig Blogの日本語版はittousaiさんの訳によるものなのですね。RSSを見るとそう書いてある。
それにしても、ネットで活発に活動している有名人はすごい勢いで(SPAMを含む)メールが来るのだろうなぁ。私でさえ一日5通くらいのスパムは普通に来るのだ。結城さんも大変そう。
追記
ittousaiさんは女性のはずです。
いまや懐かしいスターバックスで写真を撮ろう運動のときに、サングラスをかけている写真を拝見しました。ただし、今はittousaiさんの写真はもう見られないですが。starbucksphotos.com も、もうないみたいだし、archive.orgにもほとんど記録がないのだけど。
こちらにも写真を見た方のコメントが。
# [tDiary] ping.rb(2)
今日、最新のバージョンを入れて更新してみたら、そんなに重くなかった&更新情報を送るかどうか選べるのは良いと思う。感謝。
それから、
Ping サーバ:
・ping.bloggers.jp
・MyBlog Japan
(略)
Ping サーバに Update Ping を送信している方は、特に作業の必要はありません。更新時に自動で追加されます。
というわけで、bulkfeeds.netは送信先から外した。
しかし、いまからpingをせっせと飛ばしても、タイトルだけがずらっと並んだリストから見に来る人ってほとんどいないかもなぁ。それでも、以前はてなダイアリーでping送信していたときは一日に5アクセスくらいはあったのだが、その後、楽天日記の参入によってpingを送っているweblog自体が大幅に増えているというのもある。ping.bloggers.jpを見てもある時期から急に増えているのが楽天日記だ。
それから、Myblog Japan で変な現象を発見。日記の記事別のタイトルとリンク先がLessig Blog日本語版の最新になっている。
2004-06-12 [長年日記]
# [Net] なめらかアルバムツクール
わたしも作ってみました。
もとにしたのは、こちらにおいてある旅行写真。いや、tdiarytimesやtdiarygraph (左サイドバー)もそうなんですが、flashっていろんなことできて楽しいですね。
これ、写真の順序をちゃんと考えて、ストーリー仕立てにしたりすると面白そう。それからそれから、ネーミングも好きです。
from たつをの ChangeLog
# yuco [↑すごい…… そういえば横一行で小泉首相の顔なんてのもあったね。今探したけどなかったので、もってる人は貼って欲しか..]
# shino [み、見えない……。orz]
# 通りすがり [社社彡  ̄゜ ̄' 〈 ̄゜ ̄ .|ミミ彡]
# 通りすがり [ごめん、化けた……]
# yuco [それだー!thanks. 半角が化けるのはしょうがないね。]
# yuco [半角使えるようにしてみた (・∀・)イイ!!]
# 殺助 [>>shinoさん ↓目 ↓耳 にしこり ↑鼻 で、「に」と「こ」の下の部分がエラです(;´Д`) ]
# ラム [あ!見えました! むす〜としたような感じ。。? ありがとうございます!!]
# MAD [「orz」ってナンディスか?]
# ふぁ [エラじゃねえじゃねーか。ほお骨だろ?]
2004-06-13 [長年日記]
# [Blog] goo blogのpingフィルタリング
ping.rbでgoo blogサーバにもpingしてみたが、掲載されない。
pingされた内容については、当社が不適と判断した場合は最新記事一覧の表示がされない場合があります。
を見ると、やはり何らかのフィルタリングはされている模様。キッズgooと同じ仕組みを使って性的な言葉のフィルタリングをしているという仮説もあるが、性的な言葉を使わなかった私の昨日の日記も載らなかったし、同じことを言っている人もいる。
こちらではpingのバージョンが違うという話があるが、どうなのだろうか。ココログ、MyblogJapanなどに送れているということを考えると、 gooの方法が特殊なのかもしれない。
コメント、TrackBackスパムが増えている現状を考えると、今後はpingスパムというのが出てきそうだ。gooはすでにその対処をしていると言えるのかも。
2004-06-14 [長年日記]
# [Book] 岩田靖夫『ヨーロッパ思想入門』(岩波ジュニア新書)
まず、この本は岩波ジュニア新書から出ているが、これを読みこなせるのは「ジュニア」じゃないよ。できるだけ易しく書こうとはしているのだろうが、言おうとしている内容がそもそも高度なので、大人向けだと思う。
全体を3部に分けている。
- 第一部 ギリシアの思想
- 第二部 ヘブライの信仰*1
- 第三部 ヨーロッパ哲学のあゆみ
ギリシアの理性主義、優れた人がその優越性を存分に生かし、より多くを手に入れる、とする考え方と、キリスト教の、万人に平等、愛が大事、貧しい者こそが天国に行けるという、ある意味相反する考え方の両方がその後のヨーロッパ哲学にずっと流れている、というのが大まかな内容。
こういう明快な切り方をした本は今までなかったのだろう(ヨーロッパ思想について研究しているわけではないので、よく知らないが)。そういう意味ではとてもよいお勉強本だった。この本は、去年のSPA!の新書大賞で一位だったというので買ったのだけど、それも納得。
しかし、この本の本来の目的ではないはずのところで引っかかった。著者が日本人なのに、本書中のヨーロッパは「ヨーロッパの中にいる人にとってのヨーロッパ」であり、「世界の中のヨーロッパ」や「アジア人の見たヨーロッパ」ではないのだ。
「ギリシア人の実現した民主主義が理想」みたいなことを言うのだが、古代ギリシャって奴隷と女性の人権はなかったんでしょ?とか、それってヨーロッパ人にとってだけの理想なのか、それ以外も込みなのか、そうだとしたらその根拠はどこに?とか、そういうことが気になってくる。ただ、このこととは関係なく、本書はその目的である「ヨーロッパ思想に入門する」という役割を十分に果たしている。
*1 ユダヤ教とその発展形としてのキリスト教について
# [Book] SPA!の新書大賞ベスト10(2003年)
ついでに載せておく。
【総合】新書スレッド@シリーズ【4】より。
328 無名草子さん sage 03/12/19 02:23 今週号のSPA!で新書特集やってますね。 「決定!2003年新書大賞」選者は、呉智英、宮崎哲弥、永江朗の3氏。 選ばれたベスト10は 1.岩田靖夫「ヨーロッパ思想入門」岩波ジュニア 2.中西寛「国際政治とは何か 地球社会における人間と秩序」中公 3.東谷曉「エコノミストは信用できるか」文春 4.武田徹「戦争報道」ちくま 5.竹内洋「教養主義の没落 変わりゆくエリート学生文化」中公 6.内海夏子「ドキュメント女子割礼」集英社 7.鬼界彰夫「ヴィトゲンシュタインはこう考えた 哲学的思考の全軌跡1912-1951」講談社現代 8.橋爪大三郎「人間にとって法とは何か」PHP 9.石井政之「肉体不平等 ひとはなぜ美しくなりたいのか?」平凡社 10.島本慈子「ルポ解雇 この国でいまおきていること」岩波 3氏による鼎談や、ジャンル別ベスト5もあり。
このうちで私が読んだのは1位(上の日記)と5位。
2004-06-15 [長年日記]
# [Book] 内田樹『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)
構造主義の入門書。取り上げているのは、構造主義前史としてマルクス、フロイト、ニーチェ、構造主義者としてはソシュール、フーコー、 バルト、レヴィ・ストロース、ラカン。
あちこちで評判が良かったのを見たので買ったが、たとえをふんだんに使っていたりして確かに読みやすい。私のように、上に挙げた構造主義者たちの名前は聞いたことある*1けど、考え方についてはよく知らないという人が入門するのにはぴったりだろう。
構造主義とは、この本によると以下のような考え方のこと。
私たちはつねにある時代、ある地域、ある社会集団に属しており、その条件が私たちのものの見方、感じ方、考え方を基本的なところで決定している。だから、私たちは自分が思っているほど、自由に、あるいは主体的にものを見ているわけではない。
お勉強本として『ヨーロッパ思想入門』の次に読むとちょうど良いと思う。『ヨーロッパ思想入門』は、本書中では構造主義者が論破したとされている実存主義のところでほとんど終わりだからだ。じつは私は本書を先に読んだのだけど、きのう『ヨーロッパ思想入門』の感想として書いた、
著者が日本人なのに、本書中のヨーロッパは「ヨーロッパの中にいる人にとってのヨーロッパ」であり、「世界の中のヨーロッパ」や「アジア人の見たヨーロッパ」ではないのだ。
というのは、構造主義の考え方に影響されたと言えるだろう。
あとは個人的感想を箇条書き。
- 小谷野敦『バカのための読書術』 で、井上章一の仕事が「フーコーのテーマ」と言われていた理由が分かった。そういう意味では『〈民主〉と〈愛国〉』 もそうだ。つまり、ある言葉の使われ方は昔から同じだったのではない。かつては、その言葉をいまとは全く違う文化圏の人が、違うやり方で使っていた、というようなこと。
- (p.144) サルトル=カミュ論争というのがあったらしいが、サルトル一人が論争に負けるのと実存主義全体が負けるのは別物ではないのか?いくらサルトルが実存主義の中で大物であっても、である。
- (p.177) 精神分析を受けて「両親に性的虐待を受けた」という記憶がよみがえり、親を訴えた子どもの話。精神科医としては、たとえよみがえったのが偽りの記憶でも、患者が直ればいいというのはわかるが、こういう「個人によって真実が違う」という構造主義の考え方を、一つの答えを出さないといけない裁判所に持ち込んだときには、一体どうすればよいのか。いま読みかけの、小田中直樹『歴史学ってなんだ?』 に出てくる従軍慰安婦問題もそうなんだけど。
*1 おもに、はてな中心にあちこちのweb日記で。
# [News][Media][Blog] 政治家のメディア利用
※落ち/結論はないです。つらつら書きます。
きのうの中日新聞夕刊に、北朝鮮の拉致家族会と小泉首相との会見についての記事があった。
もともと会見中にテレビカメラは入らない予定だったが、直前になって会見中の内容もテレビに放映することに変更した。放映の結果、家族会への批判が殺到した、という内容だった。
私は上記関連のテレビは一切見ていないのだが、家族会の発表をテレビで見た方の感想。(2004/06/19追記)
テレビでは横田氏の否定的な言葉だけが繰り返し流された。曰く、「予想していた一番悪い結果」「裏切られた気持ち」。前後にはとりあえず帰還できた家族を祝い、首相を評価する言葉もあったのだが、テレビが欲しいのはそこではなかった。
小泉首相は日本の政治家としてはメディア対策に力を入れていることで知られている。名前忘れたけど、メディアに明るい腹心の部下がいるはず。メルマガなんかもかなり成功したと言えるのだろう。私も一時期読んでた。
部室での人質事件コラムとそれをめぐる議論で分かったのは、国をコミュニティの延長として見る、という考え方があるということ。
国や政府は大きな社会とその管理人なんだよ。だから国民や政府が、人質たちが責任を果たしたか気にするのは当然だ。
ぼくにとって、国はコミュニティの延長ですし、政府というのはそれを運営する企業とそんなに遠い存在ではありません。しょせんお役人といえどサラリーマンにすぎないんです。
自分の思い通りにならないところとかを見ると、潜在的な権力があると言いたい気持ちにはなるのは自然なことだと思います。そしてそれもまた、現実ではあるのです。国民のほとんども、そういう印象を実感として持っていると思います。国を拡大コミュニティとして捉えるのが一般国民の通例かといえばそうではないと思う。
法律や政治学の世界では、国というものは大きな権力を持っているので、その力の乱用を防ぐとか、国はいかにして国民を助けないといけないか、という話をしている。ここでは、国はみんなからお金を集めて運営しているコミュニティだとか、官僚や政治家も国民のひとりだという考え方はとりあえず抜きで話が組み立てられている。
私は、これは国というものの解釈の問題であって、別にどちらが正しいというものでもないと思う。
政治に関するメディア活用は、いまのところ、「国といっても普通の人が動かしている、ひとつのコミュニティや保険会社のようなものだ」という解釈を国民にさせる方向で進んでいると感じる。
Wikiばな飲みで話していた内容で、結城さんが「その人の個性とウェブの特性、各種法律をふまえてウェブ上で日記なりを書いて表現してくれるエージェントがいたらいい」*1というような話をされていたので、私は「それって政治家についてるイメージコンサルタントのweb版じゃないですか。あるいは広告代理店の仕事かもしれませんね」と言った。
政治家blogサービスが始まった。
ちょっと見にくい。何よりまず、政治家blog一覧へのリンク集が欲しいところ。どこかにあるのかもしれないが、見つけにくいのは確か。
個々のblogの内容も読んでみたが、いまいち面白くない。いま日本の政治家に、どのくらいメディアコンサルタントがついているのか知らないが、ほとんどいないか、いたとしてもろくな仕事をしていないなと思った。いや、一般的な有権者にアピールするのにはこのくらいぬるい方がいいのだろうか…。
*1 私の理解する限りではこんな感じ。違っていたらすみません
2004-06-16 [長年日記]
# [Book] 小倉千加子『「赤毛のアン」の秘密』(岩波書店)
『赤毛のアン』で有名なモンゴメリの評伝。
アンは、作家志望の少年っぽい女の子だったのに、続編では自分の才能の限界に気づき、専業主婦になって満足してしまった。その点に不満を持つファンが多いという。モンゴメリがアンの続編などをいやいや書いていた、夫の看護で疲れきっていた、ということはなんとなく知っていたが、まとまったものを読むのは初めてだった。そこそこの分量があるが、私自身赤毛のアンは好きだったこともあって、非常に読みやすく一気に読めた。
モンゴメリは、勤勉で現実的で、何をやってもそれなりに器用にこなせるタイプらしく、要するに優等生だ。自分に合わないことをやっている、とうすうす気づいても、死の直前まで続けられる能力があった。結婚生活では牧師のよき妻としてふるまい、なおかつアンの続編その他の通俗小説を書き続け、晩年は精神を病んで自殺した*1。
モンゴメリには他人種や宗教の異なる人々への偏見があり、女性の役割についての固定観念を捨てられず、打算的な結婚をし、作家で成功したといっても心から追求したいジャンルではなく、結局のところ自分を抑圧していた。だから、表面的には何不自由ない生活でも幸せではなかった…というのが本書の大雑把な解釈だ。
その時代の道徳や女性の役割にどうしてもこだわってしまったのは、若い頃に、余裕を持って文学を追求できるだけのお金やそれを後押ししてくれる環境がなかった*2こともある。
結婚前に、彼女には肉体的に惹かれた相手がいた。しかし彼には地位も教養もないから結婚できない、とモンゴメリは日記に記し、口実をつくって距離を置いた。そのあと、彼は病気で死んでしまった。それから、条件としては申し分ないが惹かれるところはあまりない相手と結婚した*3。では、その死んでしまった男性と結婚できれば幸せになれたのだろうか。そうではなく、夫婦仲がうまくいかないような性質というのは彼女の中にあるもので、誰と結婚しても大差なかっただろう、と推測している。
モンゴメリ自身も「どうせ結婚なんて周りから見てみっともなくない人とそれなりに出来ればいい」と思っていたらしい。結婚式のその日に自由がなくなる、と感じ、それを日記に書くような人だ。しかし、それほどいやがっていても結婚はしないといけないものだという意識はあったようだ。当時は、女性としての道を外れることのプレッシャーも大きかった。とはいっても当時、オールドミスが全くいなかったわけではないようだし、やはりモンゴメリ自身の優等生気質というか、道を外れることのできない性格によるものも大きいのだろう。
関連*4
小谷野敦『聖母のいない国』 の最終章の“実現すべき自己などない時―ルーシー・モード・モンゴメリ『赤毛のアン』”で『赤毛のアン』についての面白い連載があるという話があったが、それが本書だと思う。
また本書の、『赤毛のアン』の訳者として有名な村岡花子について書かれている最後の章は、斉藤美奈子編『男女という制度』 に小倉千加子によるほぼ同じ内容の文章があったはず。
追記―モンゴメリの死因について(2004/06/20)
『「赤毛のアン」を書きたくなかったモンゴメリ』 という著作がある梶原由佳氏は本書中のモンゴメリの死因について次のようにコメントしている。
小倉氏の書き方はたいへん巧み。「私は...自殺だとほとんど確信した」と書いている(38ページ)。つまり、これはあくまでも小倉さんの個人的意見で、モンゴメリの自殺が絶対的な事実だとして断定形で書いているわけではない(だって、やっぱり決定的証拠はないのだから)。ではどうして彼女は「...自殺だとほとんど確信した」のか。まず、トム・レディン(という名のPEI在住の男性、モンゴメリに詳しいが研究者ではない人)からモンゴメリはトランキライザーによる自殺だったと聞いて驚く。それから、その先入観をもって、既刊のモンゴメリ書簡やモリー・ギレンのモンゴメリ伝記「運命の紡ぎ車」を読み、そうしてトムさんの言葉を彼女なりに「確信」してしまったというわけ。
北米のモンゴメリ研究家やモンゴメリの遺族にインタビューしたわけでもなく、Unsubstantiated rumour(根拠のない噂)をもとに書かれた事が一人歩きしているということだ。まあ、書き手の表現は自由だからなあ。だからこそ、一事が万事、読む側が慎重にならないといけない。
確かに、モンゴメリの死因には、親族にとって公にできない何かがあるのかもしれないが、そういうことを追求しない倫理観というかエチケットを北米のモンゴメリ研究家はもっていると思う。
ただ、上記引用中にもある、“既刊のモンゴメリ書簡やモリー・ギレンのモンゴメリ伝記「運命の紡ぎ車」”からの引用を本書中で読む限りでは、晩年のモンゴメリの精神状態は非常に悪く、自殺したということもありうると感じた。それでも、小倉氏は裏とってないわけで、本書の書き方は確かにミスリーディングかも。
研究者は遺族の意思を害さないように、遺族が明らかにしたくないことについては一切触れない、というのは立派なモラルだ。しかし、一般的には、研究者が明らかにしてしまったことによって関係者が傷つくことはありえるし、それをすることが一切良くないとまでは言えないだろう。
# にじむ [あ!そうだったんですか>shinoさん 当時の感想も読み直したのですが、さっぱり触れられてなかったので印象に残ってな..]
# yuco [すみませーん、typoなおしました。 赤毛のアンの続編への不満は、大部分のファンにとっては、主婦であることそのもの..]
# yuco [あと、結婚前の相手は「想っていた」みたいなプラトニックなものではなくて、もっと肉体的に惹かれる、という感じみたいです..]
# yuco [全体的に、小倉千加子が、現代日本のフェミニストの視点から見ている部分はどうしてもあるように感じます。資料に基づいてい..]
# ただただし [座右の書をあげろと言われたら、迷わず『赤毛のアン』をあげますよ(笑)]
# とおりすがり [http://www.yukazine.com/yuka/j/diary04/05.04.html 梶原由佳さん(..]
# yuco [情報どうもです。私も梶原由佳さんの指摘した小倉氏の書き方にみごとに乗せられてました…。]
# にゃんた [小倉さん、噂を元に書くのであっても、噂の出所をあたってれば、もっと信憑性あるかも。モンゴメリの遠縁とかなにかとにかく..]
# にゃんた [ゆかじんさんのサイトには、最近出たモンゴメリの日記にモンゴメリは心臓の病気で亡くなったとありますけど。http://..]
# yuco [情報提供ありがとうございます。wikiの方に違うHNでほぼ同時に同じ内容が書かれていますが、両方見ておりますので、も..]
2004-06-17 [長年日記]
# [URL] こえだちゃんワールド!
懐かしすぎる…。
こえ〜だちゃんと木のおうち♪というテーマソング(?)があったような気がするのですが、錯覚でしょうか。
わたし(1975年生まれ)が持っていたのは、
他のおもちゃはそんなに持っていなかったのですが、こえだちゃんシリーズはよく買ってもらってました。たしかリカちゃん人形も家にあったけど、あれはもらい物だったな。なんでこんなにおもちゃ持ちのブルジョアなガキだったのか、よくわかりません。小学校高学年〜中高生になってからは、ほとんどモノを買ってもらった覚えがないので。
from コグマな日記
# [Movie][Book] ナルニア国物語『ライオンと魔女』が映画化
ナルニア国物語シリーズの『ライオンと魔女』が、ディズニーによって映画化されるそうだ。でもってこんな公式サイトがあるのね。
- http://www.narnia.com/
- http://www.narniaweb.com/ (2004/6/21追加。こっちの方が映画関連情報が多い。ちゃんと見てないのでこの2つのサイトの運営主体などについてはよく知らない)
私は子どものころ最初に読んだのが『ライオンと魔女』で、すごく好きだった。今でもいろんなシーンが印象に残っている。一度でいいから、ライオンに乗って走ってみたいと思ったものだ。他のシリーズも読みたいとずっと思っていて、あとになって図書館で借りて読んだけど、残念ながら『ライオンと〜』ほどの印象は残っていない。
院生時代にアメリカに行ったとき、ペーパーバック版の全巻(写真)が安かったので買ったが、未だに読めていない。
※上記『ライオンと魔女』は、わたしがかつて読んだハードカバー版にリンクしたが、いまは文庫版 も出ているみたい
from 「いしょたんすの国」コミュニティ@mixi
2004-06-18 [長年日記]
# [Shopping][Gadget] ソニエリWIN W21S
私はauの携帯を使っている。以前からパケ代がかさんでいたのでWINにしたいと思っていた。でも、いま出てるWINはやたら分厚かったり、デザインがごつかったりしていまいちモノとして欲しいと思えなかった。
やっと、ソニエリからもうすぐ出るらしい。基本的にはソニーは好きじゃないが、携帯だけは別で、いま使っているA1301Sが気に入っているので次もソニエリがいいなと思っていた。
で、2chに行って流出パンフレットとかを見たが…デザインは…うーん、おとなしい。すごく気に入ったわけでもないけど、まぁ許容範囲。赤い携帯が欲しいのでその意味でもアリかな。出たらすぐ買っちゃうだろうな。通信費の節約にもなるし。
それにしても、最近の携帯の新機種って、かなり2chで各種情報が流出しているけど、メーカー側もそんなに気にしてないのだろうか。消費者の反応が見られるという意味で評価してたりして。
357 :非通知さん :04/06/16 00:52 ID:CKQ9XGsg
W21Sのスペックわかりました!!
カラー:フューチャーホワイト、ヒーリングシルバー、エナジーレッド
カメラ:130万画素
他機能:ステレオスピーカー(サラウンド機能搭載)、EZナビウオーク(電子コンパス内蔵)、BREW搭載、メモリースティックDuo内蔵、赤外線IrDA機能搭載、2次元バーコード対応
auの事業本部長へのインタビュー。メーカー名は出していないが、7月下旬に新機種が出るとのこと。
七月下旬にも数機種を投入する予定です。初期機種の弱点だったカメラの能力をメガピクセル(百万画素超)に上げると同時に、より小型で使いやすいものを準備しています。
2004-06-19 [長年日記]
# [Book] 小田中直樹『歴史学ってなんだ?』(PHP新書)
Amazonの書評では「読みやすい」と言われているが、私にとっては大変だった。2回くらい読んで一通り理解はしたと思うが、自分の中で消化しきれていない部分が残る。
それは、「歴史学とはなにか」という、安易に決定できないような問題を追求しているからで、ある意味仕方がない。本書中では歴史学のやりかたは「疑い、ためらい、行ったり来たりする」ことだと言っており、本書もそのような書き方がされている。
それでも、著者ができるだけ読みやすい文章にしようとしていることはわかる。私は読んでいないから知らないが、「こういう問題を語っている類書と比べて読みやすい」ということは十分あるだろう。
歴史学というものを、単純に「各種資料を使って、昔のことを明らかにすること」とだけ考えていてはダメらしい。それは、構造主義*1の考え方を導入して「認識なんて全部相対的なもの」と考えてしまうと、歴史もまた「資料の記録者や解読する歴史学者の認識によって変わってしまい、過去のできごとに対する正しい認識などない」となってしまうからだ。こうなると、歴史学の意義が問われる。
そこで著者は「コミュニケーショナルに正しい認識」という考え方を提案する。これは、私たちが無意識のうちに日常生活でしているような「話し合いによって、厳密ではなくても妥当な結論を出し、あとで間違いが分かったときには訂正する余地を残しておく」という感じだ。
なお、構造主義については、本書で「おすすめの啓蒙書」として『寝ながら学べる構造主義』を紹介しており、構造主義の定義として私も引用したところなどを使っている。が、本書は構造主義の本ではないので、そんなに念入りに説明しているわけではない。ある程度の予備知識を持たずに読むと「どうしてこんなに丁寧に構造主義に反論しないといけないのだろう?」と思ってしまいそうだ。
そのほか、本書では以下のような各種の紹介がなされている。
- 歴史に対するいろいろな解釈の枠組みの例や、それらの歴史的変遷
- 新書レベルの歴史学のおすすめ書籍(本書のような「『歴史学』学」ではなく、実際に過去の出来事を調べて紹介したもの)
- 一見無味乾燥に思える高校の教科書に、どのように最近の歴史学の議論が盛り込まれているか
*1 本書で初めて知ったが「構造主義」=「ニュー・アカデミズム」なんですね…
2004-06-20 [長年日記]
# [Book] 原武史『大正天皇』(朝日選書)
戦後初めての「大正天皇」をテーマにした単行本でそうだ。今まで、明治・昭和両天皇の研究の豊富さに比べて、大正天皇に関する研究はほとんどされてこなかったという。
あとがきでは、大正天皇の人生についてこう要約している。
側室の子として生まれ、肉親からまともな愛情を受けないまま、病気を繰り返した幼少期。有栖川宮というこの上ない理解者を得て全国を回り、健康が回復するとともに、自由奔放な振る舞いを見せた皇太子時代。そして明治天皇の「遺産」という重圧と闘いながら、次第に病状を悪化させていった天皇時代――
オビには『「遠眼鏡事件」は真実か?』とある。私は知らなかったが、「遠眼鏡事件」は、大正天皇が、国会で読み終わった詔書を丸めて望遠鏡のようにして周りを見ていた、というエピソードだ。脳障害のせいで奇妙な行動を取っていたことの例として、ある年齢以上の人なら「必ず思い出す逸話(p.5)」で、一般的な大正天皇のイメージとして広まっているようだ。
本書ではこの事件について、現在残っている証言の食い違いが大きいことなどを理由に、「果たしてこの事件が本当にあったのかという疑念を抱かせるに充分なものである」とした。そして、そのようなイメージをくつがえすような、元気で快活であった皇太子時代〜即位後まもなくまでの大正天皇の行動を中心に描いていく。
大正天皇は、幼少の頃は病弱だったが、結婚と、教育の一環として始まった地方視察をきっかけにずいぶん健康になっていた。また性格としては、家族を大事にして自分の子とよく遊び、全国に出かけて地元の人と打ち合わせなしでフランクに会話することを好んだ。自分の身分のせいで人々が恐縮するのを、むしろいやがっていた。
地方巡啓*1中のエピソードとして、マツタケ狩りに行ったが、妙によく取れすぎる、とヤラセを見抜いて関係者を慌てさせたとか、旧友宅を訪ね、「今日は恐惶だなどは一切よせよ、お前は学校に居る時、俺と鬼ごっこの相手でないか…」などと話し、長居しすぎて予定されていた軍事演習の見学に遅刻したことなどが紹介されている。
韓国を含む全国各地への巡啓を好んだ大正天皇だが、巡啓先では、これをきっかけに道路の舗装や電灯が整備された。カメラにも興味があったらしい大正天皇は、写真嫌いな明治天皇とは対照的に、気軽に新聞社に写真を撮らせ、メディアを通じて皇室の具体的な姿を伝えることになった。これらによって、江戸時代の藩による支配ではなく、全国の日本人はみな日本という国家のもとにあるのだ、という意識を強化した。それが当時の政治家の意図であったが、大正天皇本人がそれを意識していたかどうかはわからない。
大正天皇は、儀式ばったことや政治が苦手だった。しかし、天皇の役割といえばまず儀式と政治である。しかも、強いイメージで富国強兵など日本の近代化を進めた明治天皇のあとだ。比較的自由な行動が許された皇太子時代と比べて、天皇になってからは一気に負担が増し、それが体調にひびいていった。はっきりと書かれているわけではないが、この人は天皇を辞めたかったのではないだろうか。元気だった皇太子時代の振る舞いを見ても、一般人であったほうが幸せだっただろうに、と思える。大正末期には公式行事への参加もできなくなり、のちの昭和天皇が摂政として代理を務めていた。
昭和天皇は、祖父である明治天皇を模範とする教育を受け、天皇になってからもそのように振る舞い、公的な場でもたびたび尊敬の念を表現していた一方、父の大正天皇についてほとんど語っていないそうだ。
*1 皇太子が各地を視察すること。天皇なら「巡幸」
2004-06-21 [長年日記]
# [tDiary][Blog] はてなとtDiaryのコメント欄
私も、はてなダイアリーでの長文コメントのやり取りをしばしば見かけるので、コメント欄の仕様は良くないなぁということは前から思ってました。
はてなのコメント欄がtextareaタグではなくinputタグなのは、tDiaryの思想である「ツッコミは短く鋭く愛を込めて」(ただのにっき(2002-04-17)より)を多分受け継いでいるのでしょう。
ところが、tDiaryのコメント欄はtextareaなんですよね。たださん個人は「ツッコミは短く鋭く愛を込めて」という見解を持っているとしても、tDiaryは長文コメントの入力にも不自由しないし、コメントが長くても、コメント欄の見た目もそれなりに見やすいものになっていると思う。(一例)
ところで、今のコメント欄の仕様は、はてなダイアリー運営者の意図的な誘導なのだろうか。
いくら入力エリアをinputタグで一行にして、コメントを短くしようと誘導しても、上のリンク例を見れば、関係のない人には関係ないというのがわかります。こういう状況がイヤな人向けに、入力欄での誘導だけではなく、文字数制限の機能も必要なのかもしれません。
上のように、はてな側はコメントを短くさせたいのだろう、という解釈もできる。でも、「はてなダイアリーキーワード」や「おとなり日記」などで利用者同士のコミュニケーションを促進する意図がある、ということを考えると、長いコメントでも入力しやすく、見やすくすることだってその目的にかないそう。
実際に、テキストエディタを使ってでも長文コメントを入力している人がいること、入力欄を広げても短いコメントにとってもマイナスではないことを考えると、もうちょっと入力欄を広げればよいのに、と思う。
コメント欄の見た目の話をすると、はてなダイアリーでは、tDiaryのスタイルシートをあてている。しかし、コメントが短縮して表示される、tDiaryの「一覧表示」だけに対応する部分だけが使われていて、コメントが改行などを含めて全部表示される「日別表示」は使われていない(はてなダイアリーも日別表示はするが、tDiaryのそれに対応するHTMLを吐き出していない)。スタイルシート作者も、一覧表示ではコメントがついているということが分かればよい、という程度に、つめ気味で表示し、日別表示でもっとゆったり見せようとしているのではないかと思うのだが、日別表示の方ははてなダイアリーでは使われていないのだ。
コメント欄の比較
| はてなダイアリーのコメント欄 | tDiary(と他のweb日記/weblogツールの多く)のコメント欄 |
| 入力欄が一行(上記引用中のinputタグ) | 数行(textarea) |
| <br>タグを入れないと改行ができない(段落を区切りたいときには、新聞のように▼で区切るのをよく見かける。でも、同じことを入力欄での改行でできれば、その方が便利だし見やすい) | コメント欄で改行入力すれば、表示も改行される |
| 常にすべてのコメントの全文が表示される(コメントが多いor長い場合、日記本文だけを読みたいときにはスクロールが大変) | tDiary:一覧表示ではコメントの件数(5件以内など、自分で指定できる)文字数制限をして一部だけ表示 MTなど:一切表示されず、コメントページへのリンクのみ(プラグインで一部表示にもできる) |
追記(2004/07/25)
はてなのオフ会でダイアリーへの機能要望も受け付けたという話らしいが、コメント欄のことは特に要望されていなかった模様。実は、不便に感じている人はあまりいないのかな。逆に、AreaEditorみたいなものが普及すれば、カーソルを合わせる場所だけがあればよくて、大きなコメント欄など不要という考え方になるのかもしれない。
# [Net] I know. (weblog風見た目のアンテナ)
まるでMovableType系のような見た目のアンテナ。→サンプル
Wikiもアンテナも、見た目をweblog系にする時代?
IDとパスワードを決めるだけで登録できるので、ためしに作ってみた。
RSSを使うのではなく、捕捉先のテキストの差分を検出する、はてなアンテナと同じタイプ。ただし、A HREFタグも拾ってくれる。
軽く使ってみた特徴はこんな感じ。
- アンテナから、捕捉先がリンクしている先に直接飛べる。ニュースクリッピング系のサイトをチェックするには特に便利。
- はてなアンテナのように、他人と同じ更新チェック範囲で使う必要はない。他人がすでに決めた更新チェック範囲があるときは、それに従ってもよい。
- サイドバーにGoogle Adsenseが出る(これはアンテナ利用者本人にクリックさせるためには、うまい手かも)
追記(2004/6/22)
- 登録インターフェイスは、はてなアンテナよりよくできていると思う
- デフォルトデザインがかわいい。他にも、2ちゃんねる風などのデザインを選べる。私が6/22現在使っている、willっていうのがある。これはtDiaryのwillテーマだなぁ
- その他「アンテナを自動更新しない」モードなど、「設定」でいろいろいじれる
- 最初に「利用規約を読んで登録してください」とあるが、
利用規約はまだできていないらしい(「I knowの中の人」も発言しているコメント欄も参照)
追記(2004/6/26)
- スタイルシートについては、このページにまとめられています。
TypePad、Movable Type 3.xのCSSがそのまま利用できるようになっていますが、Movable Type 2.x用のCSSが指定された場合は生成されるhtmlはMovable Type 2.x互換のものになります。
tDiary用のThemeも使えるかもしれません。
- 利用規約ができています。
- このアンテナはbloxsomをベースにしているわけではないのでは?ヘルプページには "Powered by blosxom 2.0" という表示がありますが、アンテナページには特になにも書いていないので。
from 本日のリンク元
# [Net][tDiary] Technorati(言及情報)
リンク元にこういうのが来てた。「せかいのまんなか」みたいな、言及情報を調べて見せてくれるサービスらしいが、「今日のリンク元」を拾っちゃうのはいまいち良くないなぁ。
そういえば、各地にpingを送るようになってから、こういう名前のbotも来ていたなぁと思い、リンク元を見せないbotの追加をした。
いまのtdiary.confはこんな感じ。
@options['bot'] = [ '^msnbot/', '^Openbot/', '^FAST-WebCrawler/', '^(Naverbot|Cowbot)-', '^Yahoo! Slurp', '^Technoratibot/']
Technorati関連情報。
- http://www.goodpic.com/mt/archives/000030.html
- http://blog.japan.cnet.com/watanabe/archives/001253.html
そしてこの日記の言及情報。
from ウェブロスレ@山田BBS
# [Humor] ウィキちゃん改めMeタソ
あのウィキちゃん(?)がかなり強引にめがねっこ対応。(要望してた人)
# 加野瀬 [tDiaryのサイトのコメント入力欄が大体が一行だったので勘違いしてました。ご指摘どうもです。]
# yuco [>tDiaryのサイトのコメント入力欄が大体が一行 いや、そうでもないですよ。ここのコメント欄の大きさもデフォルト..]
# doggylife [Blosxom「ベース」という訳ではなくて、 Blosxom「も」使用している、という感じみたいですね。]
# yuco [アンテナでもblosxomを(一部?)使っているのでしょうか。よくわかりません…。]
# doggylife [あ、トップページを含めての話です。私も全然解っていません。]
# viagra [この間も俊太郎の詩をお, http://www.stlouisbusinesslist.com/business/..]
# viagra [この間も俊太郎の詩をお, http://www.stlouisbusinesslist.com/business/..]
# viagra [JTZu4L この間も俊太郎の詩をお http://www.stlouisbusinesslist.com/bus..]
2004-06-22 [長年日記]
# [Book] ラッセル・ロバーツ『インビジブル・ハート』(日本評論社)
さんのところ経由で知った。経済学の考え方を恋愛小説のかたちで読ませる、非常に読みやすい本。
bk1.jpの紹介文にはこうある。
規制は不要・有害、ビジネスでの成功は美徳だと信ずるサム。ワーズワースを愛し、資本主義は横暴だと考えるローラ。2人は違いを乗り超え、結ばれるか?
このふたりは同僚の高校教師で、サムは、資本主義、市場主義がいかによくできたシステムであるか、それに賛成できないローラと議論しながら親密になる。
これを一冊読んで、物事に対して「サムならこう考える」という発想ができれば、一つの考え方(経済学のなかでも、特に政府による介入を排する流派らしい*1)が身につく。これは、経済学を考えるときのひとつの典型的な立場なので、押さえておいて損はないのだろう。
本書を書いているのがサムの立場を信じる人だからか、ローラの言い方(もっと福祉を、委員会を作って誰かが見張って、etc.)はとても類型的に感じる。逆に、この本によって説得されてしまうような問題点は、最低限ちゃんと踏まえてから議論したいものだ。
また、「企業が悪いことをすれば、短期的には得でも長期的には評判が下がるから損だ」という。しかしその「短期」のあいだに様々な問題が起こることはサムも認めている。そこを規制でフォローするのだという考え方は依然として残るのでは。
時間の問題を抜きにしても、ほんとうに消費者がすべてを知って合理的に判断できるのか、という問題もある。サムの考え方では「特定の人が判断すると、その人がダメな奴だった場合、より悪くなる」あるいは「そもそも他人になにか決められることそのものが嫌だ」と反論されそうだが、それは極論だと思う。実際に、専門家が妥当な判断をして世の中回っている部分もあるだろうし、規則を守らせるためのコストが増えるのが良くないとしても、程度問題だろう。
人間よりも、市場の見えざる手*2に任せた方が良い結果が出る、というのは性悪説なんだなと思った。共産主義は、もし構成員がすべて善人なら上手くいっただろうと言われるが、その逆か。
それから、福祉を国営と民営の場合を比較する議論があったが、いまいち分かりづらかった。私の理解不足もあるだろうが、サムの議論の弱みはこのへんにもありそうだ。あとでまた読もう。
サムは、エアバッグやシートベルトも法律で強制すべきではないと考えていて、安全対策を怠ったせいで大怪我した人の医療費を国民が負担することはないと言っている。一方ローラはそれらを義務付けた上で、医療費は国民で負担するべきと言っている。
このへん、イラク人質事件でのかみ合わなかった議論と関係があるだろう。ただ、イラクの件ではどのレベルまでの安全対策が必要なのかというコンセンサスが事前になかったこと、人質にとるという積極的な犯罪行為の犠牲者であることの違いがあると私は思っている。が、この件についてサム的な立場の人は違いはないと考えるのだろう。
サムは、その反対者に「アイン・ランドの一派」と言われてしまうのね。アメリカ文化について知らなくてもそれなりに読めるけど、少し知識があるとより楽しめると思った。
資本主義に疑問を呈するローラが、成功した弁護士の家庭の娘(多分アングロ・サクソン)で親戚も成功者でインテリ、サムは、それほど裕福ではないユダヤ系で、ローラの家のパーティにひけめを感じる、という設定は、アメリカ人からみてリアリティを感じるものなのだろうか。
最後に、その日はじめてキスをするような、これから親しくなろうとする男女がアパートで一緒に食べるのがニンニク入りのチャーハンというのはどうかと思うぞ(笑)
- http://www.invisibleheart.com/ (英語版公式)
- http://cafehayek.typepad.com/hayek/ (著者のblog)
2004-06-23 [長年日記]
# [Book] 橋本治『上司は思いつきでものを言う』(集英社新書)
「はじめに」より。
ふと立ち寄った本屋の店頭で『上司は思いつきでものを言う』の一行に出会ったら、「おおお……」とうなる人はいくらでもいるでしょう。「自分はもう、暗い孤独な愚痴の中でそれを言って、自虐の泥沼に沈まなくてもよいのだ」と思う人も出て来るはずです。それが日本の活性化につながることだと思って、私はこのタイトルを選びました。
2chの橋本治スレによると、10万部売れたらしい。私のように、本屋で見たとたんに「橋本治でこのタイトルなら買いだ!」と、速攻レジに向かった人も多いだろう。
上司が思いつきでものを言う原因は、今までやってきたことへの否定から自分を守りたいからだ。「今までのやり方は古いんです」という、建設的でまっとうな部下の指摘を受け入れることができない。そして「思いつき」としか呼べないような、自分のメンツを潰さないことだけが取り柄のどうでもいいアイデアを「これがいい!」と言ってしまう。
そして部下は、それがくだらないアイデアであることに気づいても何も言えなかったり、悪いときには自分が間違っているのだと思ってしまう。これは、元をたどれば日本人にしみついた儒教道徳による上下関係のせいだ。部下は、上司が思いつきでものを言ってきたら遠慮なく「(゚Д゚)ハァ?」と呆れましょう。そうしてそれが「レベルの低い思いつき」であることを悟らせるしかないのです――というのが本書のおおざっぱな内容。
経済学や経営学の専門用語を使わずに「起業から現場(平社員・下請け業者・市場)が痩せてくるまで」を描写したりするところなど、いかにも橋本治である。最後の一章は、天皇制とか冠位十二階なんかを持ってきて日本人の持つ「上下関係感覚」の起源を語る、思想史っぽい内容。Amazon.co.jpの書評を見ると賛否両論だが、リーマンうけ抜群(笑)のタイトルに惹かれて買ってみたが、橋本治的なたとえと論理の持って行きかたに抵抗がある人もいるのだろうなぁ。
2004-06-24 [長年日記]
# [Book] 野地秩嘉『キャンティ物語』(幻冬舎文庫)
1960年に開店し、三島由紀夫、黛敏郎、黒澤明、加賀まりこ、安井かずみ、萩原健一などの文化人、芸能人が集まったレストラン「キャンティ」のオーナー川添浩史・梶子夫妻の生涯。
華族出身の川添浩史は、若い頃から文化・芸術に強い興味があり、第二次世界大戦直前のパリに長期滞在していた。学校に通っていたわけでもなく、大半は遊んでいたが、その間に当時まだ売り出し中のヨーロッパの芸術家や日本人留学生と知り合い、その後の仕事に生きてくることになる。とくに親しかったのが、当時まだ無名だったカメラマンのロバート・キャパだ。
戦後になってからは、日本の文化を海外に紹介する、プロモーターや広告代理店的な仕事をした。彼の適性も、ヨーロッパ生活などを通して手にした経験と人脈もそういう仕事にはぴったりだったようだが、仕事は採算度外視のものも多く、最終的には川添家の財産を食いつぶしてしまった。
そのかたわらでイタリア帰りの妻・梶子と経営していたのがイタリアンレストラン「キャンティ」だ。当時、ごく一部の人しか実際に見ることができなかった、ヨーロッパ文化を知る人が集まる店として流行の発信地になった。客は川添夫妻の友人が多く、自由に席を立って交流したりサロン的な雰囲気があった。
海外と接点のある日本人が希少な時代に、川添浩史・梶子夫妻には海外の文化人との人脈があり、ヨーロッパ文化の教養があり、周りの人々に慕われる人間性もあった。上流家庭に生まれて、したいことを思いきりやって国際的な人脈を広げ、それをビジネス(といってもトータルでは儲からない)に生かすという、生まれとお金がないとちょっと真似できない世界を覗ける本。敗戦後から60年代くらいまで、日本が欧米文化を競って取り入れた時代の雰囲気もわかる。
巻末の解説を書いているのは、本書の版元である幻冬舎社長の見城徹。「僕にとってもキャンティは真夜中の学校だった。」と述べている。この解説は幻冬舎のサイトで読める。
関連リンク集
- 幻冬舎社長・見城徹による『キャンティ物語』解説
- 同じく見城徹による常連だった作詞家の安井かずみへの追悼文
- ライターの山崎まどかによる書評
- キャンティ公式サイト内、本書中のオープンの頃の記述
- 常連だったムッシュかまやつの対談
2004-06-25 [長年日記]
# [Book] 小田中直樹『ライブ・経済学の歴史』(勁草書房)
著者の小田中直樹氏は『歴史学ってなんだ?』の人でもある。2冊に共通して、決して平易ではない内容をできるだけかみ砕いて書こうとする人で、読む側としてはありがたい。この手の本としては珍しい?ですます調を使うこと、かならず「彼[女]たち」という書き方をすることが特徴か。
本書は、著者が大学で教えるための講義ノートをもとにしたもの。「分配、再生産と価値、生存、政府、効用、企業、失業」という7つの主題が、この順番で経済学に大きな影響を及ぼしたとしている。これらに一章ずつ当てて、この主題に関する議論を解説していく。終章では、7つの主題についてそれぞれ「○○を論じることのアクチュアリティ」と題して、現代日本での関連トピックを紹介する。
経済学の「歴史」の本というと、経済学を専攻している学生でも、それで食っているわけでもない一般人が読む意味があるのか、という疑問が出そうだ。しかし本書は、知識を一般人に役に立たせることを非常に重視している。
著者は、経済学史を学ぶメリットは、「経済学の様々な主題についての見取り図を作り、ある特定の学者・流派の考えを絶対視することを防ぐ」ことだという。
「この本に(ひそかに)経済学の初心者向けの入門書という性格も持たせたかった」と終章にあるし、私はまさに入門書として読んだ。普通は、入門としては(歴史ではない)教科書を読むのだろう。
「教科書を読んでいると、人によっては、現実との関係が見えないとか、そこに書かれている理論がどこまで正しいのかといった疑問を感じることがあります。(終章より)」というのはありそうだなと感じる。
経済学では人間行動をモデル化している。「モデル化のしかたそのものが間違っているんじゃないの?」という疑問を持つことはあるだろうし、モデルが実感とあまりにも違っていたら、「そんな現実と関係ない学問はいらん」となりそう。とりたてて今すぐ経済学を学ぶ必要があるわけではない私なんかは特に。
そこで本書では、経済学者たちは当時のどんな状況をもとにその理論を考えたのか、ということが分かるように書いている。モデル化についても、経済学者たちが、当時の現実に合わなくなったとかそういう理由で、それまでの定説とは違うモデルを考え出し、それをもとに新しい理論を作っていくという流れがわかる。
ミクロ経済学とマクロ経済学とかってなんで経済学が二つもあるんだよ!とかいうことを私も思っていたが、(それまでミクロ経済学しかなかった時に)マクロ経済学が生まれた経緯が分かったりした。
というわけで、私は経済学をまず歴史で勉強しようというアプローチには説得されたし、分かりやすい文章や、「7つの主題」ごとに章を立てる、という本書の書き方が良かった部分も大きく勉強になった。
2004-06-26 [長年日記]
# [Book] 岩田規久男『経済学を学ぶ』(ちくま新書)
『ライブ・経済学の歴史』に続いて、また経済学の入門書。
『ライブ〜』との違いは、歴史の本ではないので歴史的な解説は例外的であること(ないわけではない)。その代わりに、現代日本の経済や、私たちが日常的に経験している企業によるサービス(タクシーの深夜料金、学生割引、企業の独占など)をたくさん使って例示しつつ話を進めていること。理論的な話は『ライブ〜』の方が充実しているかも。
本書でも『インビジブル・ハート』と同様に、「市場経済は神の見えざる手でうまくいく」的な考え方を、それに倫理的な反感をもつ人に対して説得している。経済学者というのは大抵そういうものなのかな。
ちょっと引っかかったのは、この本の初版が94年(ってもう10年前!)に出たものだからか、不況の原因について、
平成不況においては、自動車や家電製品に対する消費者のストック調整によって、企業の設備に関する資本ストック調整が引き起こされた。つまり、消費者達が自動車や家電製品を八十年代の終わりに十分に購入してしまったため、…(p.191)
と言っているところ。それからすでに10年経っている。ほとんどの家庭で車や家電製品を買い換えているはずだが、それで景気が回復したという話は聞かない。
きっかけは上記引用のような理由だったとしても、不況が長引いた別の原因があるのか、あるいは不況のそもそもの原因についても、今は別の解釈があるのだろう。
あとはメモとか。
- ゼネコン=総合建設会社を「ゼネラル・コンストラクション」と本書中で呼んでいる(p.129)が、細かい話だけど、これは間違い。正しくは「ゼネラル・コントラクター(=general contractor)」なのですね〜。contractは「契約」という意味だけど、全体では「総合請負業」と訳す方が適切かな。契約したり請け負ったりするのは建設会社だけではないはずなんだけど、なぜか総合建設会社以外がそう呼ばれるのは聞いたことがない。
- 本書の最後の第8章は、経済学を勉強するのにおすすめの本がたくさん紹介されている。その中から最近話題の年金問題について「年金制度は複雑でわかりにくいと敬遠されがちであるが、次の本は読みやすい」と紹介されている島田とみ子『年金入門』(岩波新書) をメモ。
- 最近、経済学の入門書ばかり読んでいるが、同じようなことを違う表現で書かれているのを読むと、同じ本を繰り返すより理解が深まる気がするのでそうしている。同じ本を何回も読むと飽きるし。ただ、自分にとって未知の分野の本について、感想を日記に書くときは最低2回は読んでいる。本書も2回読んだ。
2004-06-27 [長年日記]
# [Book] 岩井克人『会社はこれからどうなるのか』(平凡社)
前半4章くらいまでは、会社は「法人名目説」「法人実在説」という二種類の側面を持っており、どちら寄りの会社もありうる、ということの説明。
前者は「法人」というのは名目上のものに過ぎず、実際は株主が動かしているということ。経営者も株価をたえず気にして経営することになる。株価が下がるとM&A(合併、買収、営業譲渡など)が待っているからである。
後者は、会社が株主からの支配を受けにくく、自立的に行動していているときは、本物の人であるように考えやすいということ。この場合に会社を動かしているのは、経営者(日本的企業の場合は従業員も)である。
このへんの話は、現役の官僚が運営するBewaadInstitute@Kasumigasekiの書評で、以下のようにばっさりと斬られているし、私もこれを読んで納得してしまった。
法人名目説と法人実在説についての議論だが、そもそも人がつるんでなにがしかの行動を行うという実態が先にあり、それをコントロールするために会社法が定められ(、さらにそれを支える理論として法人○○説が唱えられ)ているのだから、会社にそれぞれの要素があるのは当たり前。 演繹的にそもそも法人とは○○であって、と論じてみてもどこかに矛盾を来すのは必然である。
会社のヒト・モノ説の議論も、ヒトでもなければモノでもないものをいずれかに帰着させようとするからこそ無理が生じているわけで、比喩としての議論以上の意味はないと受け止めるべき
要するに、株主が(というか株価が)会社をコントロールするという面と、経営者および従業員が会社をコントロールするという面があって、どっちが強く出るかは環境によってそれぞれ、といったところだろうか。
第5章では、いままでの日本の会社は、本書でいう法人実在説的な会社であるということ、そこから必然的に終身雇用制とか会社人間とか呼ばれるものが生まれてくる、という話。
第6章は日本的企業が生まれた歴史的経緯について。日本的な家制度というのは血筋よりも家名の継続性を重んずる(例:相撲、歌舞伎)もので、これが日本型株式会社につながっていくという話。これはおもしろかった。
そのあとは、これからはポスト産業資本主義になるから、情報で商売したりする。だから差異ってものが大事で、その為には人を大事にせねばならん。だから「法人実在説」的な会社が主流、とはいっても今までの日本型企業とは一味違うんですよという話。そして最後はいきなり起業のすすめになって終わる。
これについてもBewaadInstituteの書評が参考になった。
ポスト産業資本主義とは何かについてがよく見えてこない上に、すべての会社がポスト産業資本主義に直面するわけではない(例えば近所の床屋がポスト産業資本主義時代だからといってネットをつかって全国展開するわけではない。 終身雇用などについての議論などを見てもわかるように、本書は「会社」をテーマとしながら、実はほんの一握りの大企業しか俎上に上げていない)
というわけで今回の結論は、私の書いたものなんかよりもBewaadInstituteの書評の方がよっぽど参考になるという話だ。おわり。
2004-06-28 [長年日記]
# [Book] 玄田有史『』(中央公論新社)
2001年12月に発売された。当時、失業に関する話題で新聞をにぎわせていたのは、中高年ホワイトカラーのリストラだった(ような気がする)。しかし、実際はそのような失業は少なく、若年層の就職難のほうがもっと数も多く問題だ。そしてその原因は、不景気なので会社としては人員を減らしたいが、中高年が会社を辞めないから新規採用を絞っているせいだ、ということを各種統計の結果を示して訴えた本。
最近は上のような解釈がわりと定着してきたが、2001年〜2002年ごろは、まだ目新しかった。そもそも、こういう見方が定着してきたのは本書によるところも大きいだろう。
その他にも、労働に関する各種統計によって以下のような結果が示されている。
- いくつかの企業で検討されている、60歳以上への定年延長はますます若い世代の就職難を招く可能性が高い
- 就職難のなかで就職できた若い世代の労働時間は長い。フリーターとの二極化
- 就職難の中で就職した世代の離職率は高い
- 成果主義賃金は、仕事の機能条件の整備(仕事量、労働時間、責任の増減など)が伴わないと、働く意欲が高まらない
- 転職のときは友人・知人に相談することが大切。そうした人の収入・労働環境の改善度は、そうでない人と比べてはっきり違う
全体的に、若い世代が割を食っているという話なのだが、そのことに対する著者自身の考え方をまとめると、本書の最後にある「高校生へのメッセージ」になるのだろう。「友達を作ろう」「独立しよう」「頑張る」という言葉を使うのをやめよう、とか。
2004-06-29 [長年日記]
# [Book] 宮本みち子『』(洋泉社新書y)
タイトルどおり、いまの経済社会状況下で若者は割を食っているという、『仕事のなかの曖昧な不安』に近い内容。扱う話題はこちらの方がよく言えば幅広く、悪く言えばどれもつっこみが足りない印象。本書のためのオリジナルの調査は特にないようで、関連テーマのあちこちの調査をつなげて、言いたいことを言うというタイプの本。
ヨーロッパ中心に海外の若者の話(十代のホームレスがいる一方、人生の選択肢が広がり、大学入学前や卒業後に1年程度海外生活をしたりする。同棲も多い)をしたり、親子関係に関する調査結果が入っていたりする。エスピン・アンデルセンがよく引用されている。
本書では、会社の若者はお愛想笑いを浮かべながら自己主張をせず働いており、中高生は無気力で…と、調査で実証されていないことについてまで、個人の内面を推測する書き方があちこちに見られる。その描写が非常にステレオタイプで、まるで新聞の社説みたいだ。
一例を挙げると、
休日になると昼過ぎまで寝ているという中高校生がいる。(中略)小学生時代には輝いていた子どもたちが、なぜか、中学・高校と進むにしたがって輝きを失っていく。 (p.119)
これは、なにかの調査結果ではない。著者が、たまたまそういう人に出会ったというだけだ。その中高生は平日は輝きまくっていて休日は疲れているのかもしれないし、小学校時代から休日は昼過ぎまで寝ているのかもしれないではないか。こういう文章が挟まれているのでいちいちつっこみたくなってしまうのだ。
若者を親と別居して自立させなければいけないとか、奨学金やローンを充実させて大学の学費は自分で負担させよという議論なんかは、「スタンダード反社会学講座」の方が、文章が面白い上に事例が具体的でおすすめ。「アメリカでは自立心が大事なので、親は大学の学費を負担しない(出典なし)」みたいなことを言っているが、下の「反社会学講座」では38%の学生はローンを使っていない(こっちも出典はないが)*1とあるし。
- http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson4.html (パラサイト・シングルの話)
- http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson14.html (大学の話)
*1 リンク先 http://mazzan.at.infoseek.co.jp/lesson14.html の本文中に「商務省センサス局(国勢調査をやってるところ)のレポート」とありました。お詫びして訂正します
2004-06-30 [長年日記]
# [Book] 刈谷剛彦『』(中公新書)
※今日のはちょっと自信がないです。というのは、下に書いたことは間違ってはいないと思うけど、この本全体をうまくまとめているか、というとそうは言い切れないような…。
本書は戦後日本の「教育論」論で、これをアメリカやイギリスと比較しながら語っている。
日本には、欧米にあるような上流階級の教養文化がなくて、できるだけ中立的・機械的になるように作られた学校文化&受験システムに勝った人がエリートになってゆく。これを本書では「大衆教育社会」と呼んでいる。
それによって、誰でも頑張れば良い成績が取れるはず、という考え方と、受験勉強なんて機械的な暗記物でくだらない、「真の実力」を表しているわけではない、という考え方の両方が生まれる。
また、習熟度別クラス分けは、現在の日本では「低いレベルに振り分けられた生徒に劣等感を与えるから」という理由で否定される。一方、アメリカ・イギリスでは、これらは否定されるとしても「今の教育システムは、ある特定の階級or人種のもつ文化向けにできている。だから習熟度別クラスは階級差別or人種差別だ」という理屈だ。
学歴社会に対する批判も、日本とイギリス&アメリカで、それぞれ上記とほとんど同じパターンである。
日本でも、戦後まもなく、貧しくて勉強をする時間がなかったり、上の学校に行くお金がない人が多くいた時代には、アメリカ・イギリスと似た理由(成績の悪い人は勉強する時間やお金がないのであって、決して頭が悪いわけではない)で階級と学歴について語られていたが、国全体が豊かになるにつれて、階級と学歴の話は忘れ去られていった。
結果として、いまの日本では教育を語るときに教育論のなかだけで話が完結していて、社会のしくみ(階層)に目が行かない。本当は、日本で一流大学に行く人も、欧米のそれと同じく階層が偏っているのに、日本人はそれに気づいていない。 一方、欧米では、入試に論文や口述試験があるなど、試験官の主観による要素が多く入っている。そのため、上流階級の文化のなかにいる人が高い学歴を得やすい、つまり、今の教育制度は生まれによる差別を含んでいるだろう、ということがコンセンサスになっている。
日本も今後、論文や面接など「個性重視型」の教育や試験をする方向に進むのだろうが、これはいまの欧米のように生まれによる差別をいっそう増やす可能性がある。そのことは分かっているのだろうか?という問題提起で終わる。
関連本
1995年に出版された本書はは教育と社会についての全般的な話なので、その一部だけとってもいろいろに展開できる。
たとえば、おもに学生文化論として
生まれの階層文化の違いを帳消しにするほどに、旧制高校をはじめとした学校での文化的な同化の力が強烈だった(p.117)
(戦後の)一部の偏差値ランクの高い大学がそこに特有の学生文化をつくりだしたといっても、それは大衆消費文化に簡単に飲み込まれてしまうほどの文化でしかなかった。(p.143)
というあたりは『』(2003年)で、
本書で言っている「日本では受験の性質上目立たないけれども、階層間の再生産はちゃんと存在するよ」というあたり、
受験競争を勝ち抜いていくなかで、彼らが学歴エリートに特有の優越感をもつようになることは、否定しがたい。しかし、そのような優越感は、かならずしも階層文化に支えられた「選良」としての社会的責任感(ノブレス・オブリージュ)に連なるものとはいえない。受験競争をくぐり抜けたことで育まれる優越感は、個人的・利己的なものであっても、階層分化の紐帯によってむすびつけられた、ひとつの社会集団としての集団意識とは異なると考えられるのである。(p.151注)
という話は『』(2002年)で、それぞれ大きなテーマだ。
で、この3冊ってぜんぶ中公新書なんですよね。担当編集者も同じ人だったりするのかなぁ。









Before...
# 大和弘明 [大和弘明@デジタルももんが管理人と申します。 なにやらwiki利用一般代表として ご紹介にあずかってしまったようで ..]
# yuco [>大和さま ようこそ。そういうネット技術者系じゃない方がwikiを触ってどう思うか、どのあたりが使いにくいかというご..]
# 大和弘明 [・技術的な面 仕事でグループウェアなど使用したことがあるのは、社会人でも限られた業務の方々だけだと思います。おもしろ..]
# たつを [「アサマシエイト」という言葉の創始者は「ふむWiki」のこびとさん達、ということでよろしくです。アサマシ戦士達の多く..]
# yuco [> 大和さま ご意見ありがとうございます。 うーん、ご指摘の点は分かる部分はあるのですが、利用文書を整備するとい..]
# yuco [>たつをさん >「アサマシエイト」という言葉の創始者は「ふむWiki」のこびとさん達 そうですか〜。いや、すごく..]
# 大和弘明 [マンツーマンで指導や助言ができれば「とにかくやってみなさい」は有効だと思います。でも身近にかならずしも相談相手がいる..]
# yuco [そうですねー。マンツーマンと言ってもネットの向こうの会ったことない人でも(信頼関係があれば)よいと思うし、そういう相..]
# 大和弘明 [結城さんのページは何度も拝見させていただいておりましたが、この本の存在は知りませんでした。目次情報からすると期待がも..]
# viagra [この間も俊太郎の詩をお, http://www.stlouisbusinesslist.com/business/..]