2003-05-11 (Sun) [長年日記]
#1 TrackBackの文字化け
きたさんが対処してくださった模様(ありがとうございます)。関連プラグインを入れ替えました。uconvはもともと入れていたので多分大丈夫。というわけでだれか試しにTrackBackしてみてくださいませ。
それでもすでに送られたnetwork stylyからのTrackBackは直らないので、ログをいじって復活させようと思ったらnetwork stylyのサーバにつながりませんでした。あとでexcerptを入れます。
#2 <民主>と<愛国> (1)
を今読んでいる。昨日今日で第5章まで。全体で1000ページ弱あるかなり厚い本なので、これでも全体の5分の1くらい。
戦後すぐからの知識人の発言を中心に追っていって、国民とか愛国とか公共とかそういうことに関するものの考え方の変化をたどるという内容。知識人は、特殊なことを言っている人のことではなく、それぞれの時代の中で普通の人たちのものの考え方をうまく表現しているからこそメジャーな知識人たりえているのだ、という見方で追っていく。
批判できるだけの教養がないので、この本の解釈を、たぶんそうなんだろうなーと思いながら読む。
読んでいると、知識人もみんな自分の体験からしか国家観や社会観をつくることはできず、本当の意味で「書物から学ぶ」「歴史に学ぶ」ってことはできないのかもしれないなと思ってしまう(その面を強調している本なのだろうけど)。
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4788508192/ref=sr_aps_b_/250-5558219-9668224 小熊研究室HPより。 ・新曜社の紹介 ・著者メッセージより、引用。 一九九〇年代の日本では、戦争責任や歴史をめぐる問題、憲法や自衛隊海外派遣の問題、あるいは「少年犯罪」..


ツッコミ入りRSS

network stylyがつながりにくくなってしまっていて、申しわけないです。<br>アキバx渋谷のは<br>http://web.sfc.keio.ac.jp/~ttr/mt/mirror/archives/000653.html<br>↑ここにミラーしておきました。<br><br>トラックバック、送ってみました。あらら、また化けてしまいました。もしかしてこちらに原因あるっぽいんでしょうか・・
あれ。プラグインだけではなくてtDiary本体も最新版に入れ替えないといけなかったのかも。たびたびすみません。<br>http://kitaj.no-ip.com/tdiary/20030511.html#p06<br>ここで、きたさんが実験されてるみたいなので送ってみるとよろこばれるかもしれません。
自分用メモ:本日のリンク元の枠が赤いのはなぜ?
むむ。『民主と愛国』。この本のおかげで「サヨ氏ね、ウヨ氏ね」的な低レベルな批判は無効になるだろうけど、でも、それだけならこんなぶ厚くて高い本なんか読む必要なくて、呉智英『封建主義者かく語りき』http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4575710776/qid=1052710167/sr=1-2/ref=sr_1_2_2/249-1152158-2679540で足りるんじゃないの?とか、戦争の記憶が風化した後、新たに公共的なものを立ちあげる必要があるとして、その拠り所が「抵抗のための共同」ってのはやっぱ無理があるんじゃないの?とか思ってしまいました。確かリリカさんはもっと辛辣な批判を書いてたはず http://www.kanshin.jp/a-muse/index.php3?mode=diary&id=9435&month=2003-02 (いまはもう修正されてるけど)。あと『新現実』によれば、小熊氏って大塚英志の担当編集だったんだって。『アトムの命題』でも読んでみるべえか。http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4198616744/ref=sr_aps_b_/249-1152158-2679540
>この本のおかげで「サヨ氏ね、ウヨ氏ね」的な低レベルな批判は無効<br>この本があってもなくても低レベルなのはほっとけばいいのでは。とはいえ、呉智英の本も(読んだことないので)読んだ方がいいんだろうなーとは思います。<br>リリカさんはすごいですねぇ。感想に出てくる固有名詞がわからないので意味が分かりません。
>低レベルなのはほっとけばいいのでは。<br>みもふたもないですなー。
>「サヨ氏ね、ウヨ氏ね」的な低レベルな批判<br>っていうものの意味がよくわかっていないのかもしれません。私は、「まれにみるバカ女」を書いた人の左翼嫌いとか、2ちゃんねるの政治的な議論みたいなのをイメージしていて、この本を読む前からそういうのはくだらないと思っていました。<br>なので、それをこの本が無効にするだとか、それだけにしては厚いし高いのでほかの本を、とかいわれても、もともと求めているものが違うしなぁと思うのです。
ごめんなさい。僕の言葉が足りませんでした。僕の言う「低レベルな批判」のなかには「「まれにみるバカ女」を書いた人の左翼嫌いとか、2ちゃんねるの政治的な議論」も含まれます。そういうのはまあ「ほっとけばいい」のかもしれない。が、悲しいことに、「戦後民主主義は国家を否定し個人主義が行き過ぎた結果、国民は堕落した」というようなレベルの与太が、たとえば我が国の憲法調査会といった御大層なところで、おおまじめに議論されているのを見ると、( http://kokkai.ndl.go.jp/ 「戦後民主主義」で検索してみてください。とくに第151回の中谷元発言とか。)僕はそういう偉い人たちに対しては「「民主と愛国」を読み下さい」と言いたくなってしまう。
>もともと求めているものが違う<br><br>ええ。僕は1冊の本に期待しすぎなのだと思います。「民主と愛国」に、戦後思想についての言説史としての側面と、あらたな公共性にむけての提言としての側面があるとして、僕は後者について勝手に過剰な期待を抱いていたのだと思います。