2002-10-01 (Tue) [長年日記]
#1 台風
ほんとに来るならドキドキするけど、いつものごとくまた最後になって避けて通りましたって感じになるんじゃないかねぇ、と醒めていたり。私の場合どうせ移動は地下鉄だから大きな影響を受けることも余りないでしょう。
→結局、個人的にはなにも被害はなかったような。昼ごろに会社を出たときは普通の雨だったし、終電一本前くらいに帰ったときは雨も降っていなかったし。一番ひどかったころは会社にいて全然気づかなかった。(10.02追記)
2002-10-02 (Wed) [長年日記]
#1 ネットを介して知り合う人
よしいさんも書いているように、独身女性の会で、「よしいさんの周りには院生 or 院卒が多いらしい」というので、理系院卒女のひとりとして考察してみたくなった。とはいえネットを介して会った人数はよしいさんには遠く及ばないのだけど。
わたしの場合、Web日記を書き始めたのが院生になってから。98年12月にサイト作りはじめて、ことし3月にtDiaryに移る前は、日記見て向こうからメールくれたりして会うことになった人は非常に少なかったし(記憶にあるのは4人)、その後つきあいがあるのはここに「ママチャリ*1」というHNでたまーに書き込んでいる人(院卒)くらいかな。あと日記間で何度かリンクしあっていて、その後こっちからメール出して会いに行ったのは「ぽむ企画」(院卒)。彼女らはけんちく系院卒女子ってことで、いろいろ共通点があったし、共通の知人もいたってことで。
院生時代は日記というより、Jobweb のMLがらみで割といろんな人に会った。サイト持ちでもひんぱんに更新してる人は少なかったけど、私はまめに日記を書いてたので、オフ会とかで会う人には結構「みてますよー」と言われた記憶がある。院生MLなんてのもあって、私が入ってた中では一番雰囲気が良く、しばしば飲み会をしていた。Latifahさん(院卒)に会ったのもここ。そこで知り合った人の結婚式なんてのも行ったなぁ。
思うに院生って、今更サークルって年でもないし、忙しいのでバイトもしにくいし、下手すると人間関係がほんと研究室だけになってしまう。わたしの場合、学部と違う大学の院に行っていた*2ので余計そうだった。でも研究室にいればネット環境は恵まれてるし、細切れの時間とかはそれなりにあるので、遊び友達を広くネットで求めるのには適した環境かもしれない。
自分のことをいくら考察しても、所詮自分が院卒なので、わたしの出会う人に院卒が多くても「似たもの同士で集まっるだけぢゃん」以上の答えがない。というわけで「なぜ(院卒ではない)よしいさんのところに院生(卒)が集まるのか?」ってことを考えてみようと思う。院生(卒)と学部卒のあいだにはなにかしら好みの違いがあり、彼女はその何かを持っているのだろうか。院生の方が余分に勉強している(したいと思って院に進んでいる?)ってことで多少思索的なところがあるのかしらん。うーん・・・やっぱりよくわからんわ。
tDiary.Netなどは非商用サイトだしそう積極的に宣伝しているわけではないので、ある程度ネットをいろいろ見て回らないとその存在に気づかないと思う。だからいままである程度ネットを色々見てきた(時間があった)院卒が多くなるのかな?今までほとんどネット見たことがなくて、はじめて日記を書き始める人はライコスとかその他各種の商用サービスを使うだろうしなー。
#2 整体
整体に関する情報募集中。いい整体屋さん(と言う表現でいいのか?)とか。南北線沿線(永田町〜駒込間)がベスト。ダメなら山手線圏内あるいは周辺。それもダメならどこでもいいけど。自分でもちょっと調べようっと。
レントゲンを撮ると背骨がゆがんでいるし、歩き方がきれいじゃない、猫背だとよく言われるし、そういうのって疲れやすさにも関わってくるらしいので最近気になるのです。
# yuco [なんかさっきから、つっこみ投稿すると変なエラーメッセージが出ます。投稿はちゃんとされているのですが。どうしてでしょう..]
# latifah [なるほどー。「理系院卒女」って表現面白いね(笑)。私もたしかにネットで知り合って仲良くしてる人って院生時代の人が多い..]
# スズキシゲオ [ぽむ企画面白いですよね。最近更新が滞っているような気がしますが。 Web外活動が忙しいのでしょうか。]
# 健忘 [ぐぐってみました。なるほど、普通に使われてるんですねー。ロンダリングって聞くと、マネーしか思いつかなかった(恥?) ..]
# shachi [えーと、うちの家族が整体屋ですが....。会わせましょうか?>yuco]
2002-10-05 (Sat) [長年日記]
#1 お返事特集
またしても本文に。- やぱりネットで遊ぶのには院生時代というのは最適な時期ですよ。私は未だに足抜けできないけど、学生時代にサイトを作っていて、社会人になって閉じた&更新していないという例はいくつか思い当たります。
- ぽむ企画はですね〜今出てる号の、建築家を持ち上げすぎでなんだか「かゆい」感じのカーサブルータスでも、ちゃんと皮肉がきいてて建築出の人も普通に読める「けんちく家人生すごろく」を書いてますし。VOGUEの次はカーサブルータスとは、カコイイ雑誌を制覇してるしいよいよ本格的にライター業ですかねぇ。「ばかけんちく」みたいにWeb更新少な目になってしまうのでしょうか。
- ロンダリングといえばマネーなのははげしく正常です。「学歴〜」なんて所詮2ちゃん用語ですから日常生活で本気で使うと性格疑われそうだし。
- 整体、もしかしたらお願いするかもしれません。ご家族って沖縄ですか?だと遠いかも…。
2002-10-07 (Mon) [長年日記]
#2 槇文彦展@代官山ヒルサイドテラス
まず現在進行中のプロジェクトの紹介(図面と模型)があり、最後にこの展示会の会場でもあるヒルサイドテラスの説明パネルが続く。海外を巡回してきたそうで、説明はほとんど英語。
#3 セバスチャン・サルガド写真展@Bunkamura
わたしはこのサルガド氏という人を知らなかったのだけど、ブラジルの寒村に生まれ、経済学修士を取ってブラジル大蔵省に務め、その後政治的な問題で亡命し、ロンドンでエコノミストをしたあとパリでフリーカメラマンになった人らしい。
写真はすべて白黒。遺体写真とかもあるのでカラーだと生々しすぎるのかも。最後は子ども一人ずつの写真。黒人の子どもって目がすごく潤んでいるというか、不思議な光り方をするなと思った。肌の色とのコントラスト?表情も個性的でとても惹かれる。
かなり量があって満腹感があった。他の世界にトリップしてから帰ってきたような感じ。わたしが日々暮らしている世界の外には、ここのように便利でも快適でも安全でも清潔でもない世界が広がっていて、そこで生きざるをえない人たちもたくさんいる。私の悩みなんぞちいせえなぁとも感じた。
#4 ピカソ展@上野の森美術館
公式サイトにも混雑表示があるくらい混んでいる。日曜日の朝一で行こうと思ったが、ちょっと出遅れて11時に。
若い頃の作品を見せるというコンセプトもあって、簡単なスケッチ的なものが多いのと混んでいた*1のとでざざーっと適当に見た。油絵はポスターにもなっている「初聖体拝領」とあと数点程度。というわけ満足感は薄めの感じ。来てる人たちには「おまいらピカソの名前だけで来てるんやろ」と小一時間問いつめたい。わたしも人のことは言えないが。
あと、観たあと混みまくりのミュージアムショップを通らないと外に出られないってのはどうなのよ。絵はがき買ったけどさ。そういえば、この美術館って規模が小さい割に入場料は周りの大型美術館と同じくらいだからいつも「見た感」が薄いんだよねー。この規模でこの値段でも、なんらかの後援がつかないと赤字だというのはわかっているのだけど。
*1 入館まではスムーズだったが、入ってからは例の私の嫌いな「並んですこしずつ進みながら横にある絵を見る」というやつである。というわけでうんざりして40分くらいで出てしまった
#5 ウィンスロップ・コレクション展&常設展@国立西洋美術館
ハーバード大付属の美術館らしい。6年前にアメリカ東海岸を旅行したときには、ハーバード大付属の別の美術館に行った。名前は忘れたけど、そこは印象派中心でルノワールの20代の自画像があって、いい男だなと思ったことが印象に残っている(笑)。
このコレクションは世紀末系というか、ロセッティ*1とか、バーンジョーンズとか、ビアズリーとか、ギュスターヴモローとか、そのへん。あと一緒にくくっていいのか分からないけどアングルとか、クールベとか。絵はがきコレクターの私が買いたくなる感じのコレクション。しかし欲しいものがあまり絵はがきになっていなくて、結局モローの1枚だけ買った。
その後常設展へ。ふつう、特別展だけ見に来て常設展は見ずに帰る人が多いと思うんだけど、実は常設展は空いてるし、このくらい大規模だとやはりいいものがある。特別展にあったモローとかも何枚かあるんだよね。
ここはル・コルビュジェが設計していることで有名だが、特別展の展示場は何が来るかわからないし、それによって動線、レイアウトも変わるし、搬入搬出のしやすさを第一に考える必要があるのでどっちみちそんなに変わった設計はできないのである。改修前を知らないのでオリジナルがどんなものかよく知らないけど。
その点常設展会場は吹き抜けとか階段とか、たてもの的にも見るべきポイントがあるのであった。
*1 この人の名前をいつもど忘れする。ベアータ・ベアトリクスをはじめて生でみた
2002-10-09 (Wed) [長年日記]
#1 たべたいもの
- 栗ごはん
- 時々作る、とはいえ半年以上作っていないんだけど、鍋にじゃがいも・にんじん・玉ねぎ・ソーセージなどを放り込んで煮て、てきと〜にコンソメを入れるだけのもの。簡単だけどそれなりにおいしく、煮すぎてもべつにかまわない。2日目になったらかぼちゃをいれたりすると味が変わってよい。
#2 フランクリン・プランナー
来年の手帳はこれにしようかな。私は「気がつくと机がぐちゃぐちゃになっているあなたへ」で読んで知った。他のビジネス整理本でも取り上げられていたと思う。一日分が見開き2ページで、時間軸とto do リストが1ページ、空白が1ページから成り立っている。
このサイト全体はリーマン向け自己啓発色が強くてなんだかなぁだけど、手帳は便利そう。このかたちのものはこのサイトだけでなく、文房具屋さんなどで最近見かける。
#3 The Miseducation of Lauryn Hill
を聴きながら単純作業。
#4 翻訳SFファン度調査
をやってみた。- 『たったひとつの冴えたやりかた』(87) ジェイムズ・ティプトリー・Jr.
- 『ジュラシック・パーク』(91) マイクル・クライトン
- 『8』(91) キャサリン・ネヴィル
・・・の3冊だけでした。この3冊のうちなら、高校時代に読んだ「8」が一番面白かったかな。ちょうど世界史でフランス革命の頃をやっていて、人物がイメージしやすくなって覚えやすくなり、助かった。
父親がSF好きで、実家の本棚にはたくさんSF小説がある。名前は聞いたことのある作家が結構いるんだけど、読んでないなぁ。実家にいるうちに読んどけばよかった。
ちなみに「本格ミステリファン度調査」のほうは森せんせーの「すべてがFになる」だけ。なんとなく作品をイメージできるレベルで名前を知っているのも、森せんせーとあと宮部みゆきくらい。私はミステリってあんまりよくわからないし惹かれないんだよなぁ。「すべてが〜」も、どっちかというと内輪うけ的興味で読んだし、昔、アガサ・クリスティの「オリエント急行殺人事件」を読んだときも面白さが分からなかった。
# yuco [最近自発的にお掃除してくれるロボットを家電各社が開発しているそうですが、ニュースを見て「をを、文化女中器がついに!」..]
# kengo [yukoさんこんにちは。 フランクリンプランナー5年くらい使っています。 とてもいいですよ。 コンパクトサイズの..]
# yuco [実はフランクリンプランナー、去年の11月くらいから使ってます。使いこなしているかどうかはまた別ですが…。 会社の研修..]
# kengo [最新の日記の話題かと思ったらずいぶん前の話題だったんですね。RSSで表示されていたのでてっきり最近の話しかと思いまし..]
# yuco [プラグインの関係でこの日の日記をいじったのでRSSで出てきちゃっていたのですね。昔の日記にコメントしてもらっても全く..]
2002-10-10 (Thu) [長年日記]
#1 銭湯
久しぶりに銭湯に行って来た。
名古屋の学部時代は製図で泊まりこみの時に、東京にきてからは早稲田大の近くに住んでいたときも、白金の寮に住んでいたときもお風呂の修理中とかに行っていたんだけど、駒込に引っ越してからははじめて。
行ったのは「亀の湯」というところで、ずいぶん前から存在は知っていたのだけど、ちょうど一週間前に初めて行った。昨日は2回目。
昨日行ったときにポスターが貼ってあって「10月10日は銭湯の日」でラベンダー湯にするというので、今日も行こうかなと思っている。
大体いつも週末になると、段々頭が重くなったり身体がだるくなったりするんだけど、お風呂につかった翌日はそんなことないし、朝すっきり目が覚める。学部時代も、徹夜で疲れきってへろへろなのに、お風呂にはいると元気になったもんなぁ。身体を温めることってほんと大事だと思う。
#2 マウスのお掃除
2002-10-11 (Fri) [長年日記]
#1 銭湯 (2)
というわけで昨日も行ってきました。銭湯の日*1記念で、昨日はどこもラベンダー湯にしていたらしい。特製タオルも貰えたようなんだけど、どうやって配っていたのかわからなかった。
きのう見つけた「松の湯」に行ってきた。家からはこっちの方が近いんだけど、こみいったところにあるので地図を持っていっても迷ってしまい、人通りも少ないところなのでちょっと怖かった。一昨日の「亀の湯」が昔ながらの建物だったのに対して、こちらは雑居ビルの2階。
昭和レトロというよりは、ただ古いだけという感じの脱衣所には剣持勇の「スタッキングチェア」がいくつもあって、これがコジャレ家具屋に陳列されるような有名椅子だとはきっと誰も気づかないだろうな〜という感じ。お風呂は普通に気持ちよかったけど、水風呂がないので交互に入れないのだった。
銭湯に入った翌日は普段よりも汗をかく。銭湯の、血行をよくして凝りとかをほぐす効果は「てもみん」よりもコストパフォーマンス高いと思う。それにしてもそんな風に疲労とか凝りとかをいちいち気にしなきゃならないとは、わたしもばばあになったなぁ。
*1 なぜ10月10日が銭湯の日なのかはURLをみればわかる
2002-10-14 (Mon) [長年日記]
#1 ジョン・レノン ミュージアム
とても面白かったし、色々と考えさせられた。私はビートルズについてもジョン・レノンについても表面的な知識しかなかったんだけど、私が思っていたより現代人の一般的なものの考え方に強い影響を及ぼしている人だということがわかった。海外旅行するとヒッピーぽかったり、ラブ&ピースとか言っている外人ってわりと見かけるけど、その人たちの思想の原点にはこの人なんだなと。
自分の考えていることをわりとストレートに歌詞にする人なので、その時期の音楽を流してビデオを見せて、解説を入れれば彼の思想の変遷が実感できる。実際に着ていた服とか、使っていたギターとかはそれらに比べればあまり重要ではない。
一番思ったのは、今の時代は歌で平和とかのメッセージを伝える時代ではもうないのではないか、ということ。
ジョン・レノンが活躍していた時代は、東西冷戦で、アメリカとソ連が二大強国で、ベトナム戦争にせよこの二国が裏で糸を引いていたのだ。ソ連・東欧もなんだかんだいってヨーロッパなので、ロックやそれに乗せたメッセージが通じる土壌がある。
現在は戦争というよりテロだし、アメリカが一強で、それに対するイラクその他中東方面とか北朝鮮かにテロリストが生まれるという状況だろう。そういう人たちに西洋生まれの、しかも英語で歌っている音楽など通じない。
そもそも、ある種の音楽ならば世界中の人に通じるという考え方自体、錯覚だったのではないか。ビートルズが世界的に人気があったというが、中東やアフリカ、日本以外のアジアの途上国でどのくらいの知名度があったのだろうか。当時はこれらの国を無視して「世界中で〜」とか言っていられたのかもしれないけど、今なら同じことは言えないだろう。ジョンとヨーコが西と東を象徴しているとかいっていたが、日本はアジアでは例外的な先進国だ(今なら韓国とかも先進国に入るだろうけど、当時は特に)。
あと彼にとってオノ・ヨーコの果した役割というのもよくわかった。オノ・ヨーコは現代アート作家として自分の考えていることをアートにしてメッセージを発する方法をいろいろ試していたようだ。その伝え方が成功していたかどうか知らないが、規模としてはたいして大きくはなかったと思われる。現代アート作家って、世間の人にものすごく注目されるような仕事ではない(少なくともビートルズみたいな超人気バンドに比べれば)。
ジョン・レノンはビートルズで人気者になって、人気者としての人生に悩んでいたときにオノヨーコと出会った。注目されているということを生かして、二人でベッド・インとかその他いろいろのメッセージを発信できるようになる。これはオノ・ヨーコ一人でもジョン・レノン一人でもできなかったことなのだろう。
オノ・ヨーコはジョン・レノンが死んだとき、世界の有名な新聞の1ページを買い取ってメッセージを出したという(Imagineの一節だったかな?)のを他のところで読んだ。そういう大変な時期に、それでも「その時期だからこそ注目される」ということを知っていて、それにふさわしいメッセージを出そうとするあたり、もう表現することなくして生きられない人なのだろうな。
いま日本人のミュージシャンで、人気者になることができ、かつ注目されていることを生かして自分のメッセージを発信できているのって、宇多田ヒカルくらいだろうか。ウェブ日記に戦争反対とか子宮の検診を受けましょうとか書いていたし。初めからこ難しいことを言っているのではだめで、一旦人気者になることができなければいけない。
ポール・マッカートニーは優秀なミュージシャンで、曲だけ聴いている分にはこの人のほうが好きだ。でも、こういう風に思想をたどることはできないだろうなぁ。地雷廃止運動とかやっているらしいけど、その他外国のミュージシャンがよくやっている社会的運動と同じく、なんかその人の人生と音楽と結びついた感じがしないんだよねぇ。
よく考えたらその「ミュージシャンが社会的発言とか活動をする」ってこと自体、ジョン・レノン以来なのかな。
ここではジョン・レノンの一生をたどるような形で展示がされていて、見せ方が上手い。ジョン・レノンが殺される直前のあたり、「やっとジョンとヨーコの二人で新しい種類の音楽をはじめて、軌道に乗るところだったのに……」という感じがすごく出ていて、見ていて悲しくなる。スターだった人間が「老いること」についても歌い始めたころに殺されてしまったわけで、そういう意味でもとても残念だ。
# ds [>「ビートルズが世界的に人気があったというが、中東やアフリカ、日本以外のアジアの途上国でどのくらいの知名度があったの..]
# yuco [それって「ロックミュージック進化論」ですよね。実は昨日偶然読みました。]
# yuco [この本、「ビートルズが世界的に人気があった」といわれた当時、実際日本でどんな風に受け止められていたか、という話がずば..]
# ds [ああ、そうです、そうです。僕はもうずいぶん前に読んだので内容はほとんど忘れてしまったのですが、渋谷御大の「当時ビート..]
# yuco [> 被害妄想 わはは、その時代を生きてないので結局のところなんとも言えませんが、そうなのかも。]
2002-10-17 (Thu) [長年日記]
#1 MacはPCではないらしい
Apple社によるMacに買い換えた人のインタビュー集。読んでいて引っかかるのは、「PCと比べてMacは・・・」みたいな表現が出てくるところ。PC=Windows機という定義なのだろうか。そういえばアメリカでそういう言い方があったような気もする。でもさーPCってPersonal Computer の略でしょ? すくなくとも日本では定着してないと思うんだけど。私はパソコン(=PC?)というものがあって、そのなかにいろんなOSのものがあるからMacもそのひとつという認識なんだけどなー。
# yuco [そっかーX以前のMacだとWindowsより明らかに不安定だと思うんだけどね。あとOSがこけるってのとアプリがそうな..]
# 健忘 [アプリを使うだけの人から見れば、コケたのがOSだろうがアプリだろうがはたまたハードだろうが、同じ事なんですよねー。]
# yuco [windowsだと、固まったときにctl+alt+delで問題になったアプリケーションだけを止めることができるし、そ..]
# 望月明夜 [ありますよ〜(Command+Option+Esc) 漢字Talk7の頃ならいま動いてる(選択されてる..]
# yuco [どうもです。ちょうどこのつっこみを別のパソコンで読んでから席に戻ったら、固まってました(;´Д`)早速試してみたら、..]
2002-10-25 (Fri) [長年日記]
#1 身体を温める
常に自分の身体を冷えすぎないようにしないといけない。昨日は、去年買ったガスファンヒーターを今季初めてつけた。
身体が冷えていると寝覚めが悪く、つい布団の中に長く居がちになる。逆に冷やしてないと多少睡眠不足でもなんとかなるものだ。冷えてると身体の節々が痛くなったり重くなったりする。
最近時々銭湯に行っていて、実際に翌日は朝の寝覚めがいいし汗をかきやすくなるといった効果はあるだけど、熱すぎる。46度とかだもんな。
ぬるめのお湯に長時間入るのが一番健康にいいらしいんだけど、銭湯通いでは不可能だ。お風呂を区切って泡風呂とかハーブ湯とかにするよりは温度低めのお湯を用意してほしい。
この間水を入れていたらすごい剣幕でおばちゃんに「ぬるい!」と叱られたのであった。仕方ないので水を止めたけどその状態でも私は肩まで入れなかった。洗い場に行ってからも隣にいる人に向かって聞こえよがしにぶつぶついっていて、本当にげんなりした。やはり狭くて手間がかかっても自宅で風呂に入ろうと思った。
#2 User Unknown
予約を入れた店に人数を変更するための電話をかけたが、何度かけても誰も出ないのでメールを送ってみた。まぁちゃんと見ているかどうか分からないし、あとでまた電話するかと思っていたら、メールはUser Unknownで戻ってきた。一応送ったアドレスを見直したが、間違ってはいない。お店の連絡先としてwebに掲載してあるメールアドレスが届かないってのはどうなんだ。
# yuco [いやいやテーマはいろいろ試してみたいだけですよ。 おばちゃんって熱いお湯に強いですよね。私が立って入るのがやっとのお..]
# 財務省三 [ガスのご利用、毎度ありがとうございます。 今冬も、どうぞよろしくお願いします。]
# yuco [そういえばそうだったね。 http://www.yuco.net/c-board/log/tree_19.htm そ..]
# 財務省三 [一関は、雪が降るのではないかと思うぐらい寒いです。 昨年の盛岡は、ガスを使っていたのですが、当地はプロパンが主流。 ..]
# yuco [確かに引っ越しが多いとガスとプロパンとかそういうのって大変そうだよねー。]
2002-10-26 (Sat) [長年日記]
#1 山形さんの講演会
がありました。nicolaさんとこ経由で2chにレジュメがアップされているのを知り、間違いに気づいたところを訂正して自分の所に載せました。ごらんの通りwikiでして、なんかエラーが出ているのですが、普通に使えるので使ってしまうことにしました(いいかげん)。以下は話の内容と言うよりは、聞いていて思ったことをつらつらと。
……やっぱりこういうのは気持ちが盛り上がっているうちに書かないとだめですね。書こうとしていたことをあらかた忘れてしまった。テキストエディタに適当でもいいから書いておくべきだった。まぁこれで十分という説もあるけど。あと、やっぱり長い内容はサブタイトルで適当に切るべきだな。(10/28(月)追記)
#2 私のパソコン暦
講演を聴いていて自分のパソコン暦を思い出したので書いておく。私がはじめてパソコンに触ったのはSHARPのMZ-2500というやつで、小学校4年生くらいの時に父親が買ってきたもの。BASICで簡単なプログラムを組んだりもした。画面上のランダムな場所にランダムな色で点を打つとか、ランダムな大きさの円を描くというのを実行して画面がどんどんにぎやかになるのを眺めているのが楽しかった。
その時期買っていたOh!MZという雑誌からプログラムをいろいろ入力したりもした。大抵はBASICだったけどマシン語のもあり、どちらにせよ入力ミスがたくさんあるので一発では動かず、延々とバグ取りをしてやっと走るようになるのであった。プリンタもあったので、全部プリントアウトして雑誌とつき合わせるのである。
当時もパソコンって面白いなとは思っていたが、それ以上はまることにはならなかった。そのパソコンは高校生くらいまでは家にあったが、部活やらで忙しくなったこともあり、その後もっぱら買ってきたゲームばかりをやるようになる。当時、もうちょっとプログラミングを覚えようなどとしていたら、別の道もあっただろうに、惜しいことだ。
ウィザードリィなんて何度ワードナを倒したことか。コツは一番最初に覚えるKATINOという相手を眠らせる呪文を効果的に使うことであろう。かなり強い相手でも寝てしまうことがある。自分のキャラクタが殺されてしまったら、それが保存される前に強引にスイッチを切って再起動させるのもお約束。当時ハードディスクの容量があまりなかったので、フロッピーディスクを差しっぱなしにして、そこにキャラクタの生死とかレベルとか持ち物などのデータを入れることになっていた。フロッピーに書き込む前にスイッチを切れば死ぬ直前の状態に戻れた。
あと、このパソコンはスイッチを切り替えることで、以前の機種である「MZ-2000モードで起動する」という機能があった。MZ-2000用のカセットに入ったゲームは、当時300円とか500円とかで売られていて(中古だったのかもしれない)、そんな値段なのでいろいろ買って遊んだ。
カセットのプログラムを読み込むのには時間がかかるので、カセットをかけて5分くらいトイレにいったりなんかしていると、ゲームの開始画面になっている。このカセットを音楽用の普通のラジカセにかけてみたら物凄い音がしたのであわてて切ったこともある。
その次にコンピュータを触るようになったのは大学に入ってから。計算機センターにUnixマシンがたくさんあり、空き時間に触ってもよいことになっていた。インターネットというものに初めて触れたのもこのころ。ちなみにブラウザはMosaicだった。
工学部だったのでプログラミング演習というものもあったけど、たいした事はしなかった。ディレクトリの概念とかは過去の経験もあって入りやすかった。演習の時間は、ちょうど高校までならお手紙を書いて手渡しで回していたように、同じ教室に座っている同士でメールをやりとりする時間と化していた。
あと建築系の製図で使う道具が烏口→ロットリング→CADと置き換わっていくという話もあった。私が製図やり始めたころはすでにロットリングで、ずぼらなのでよくインクを拭かずに固めてしまってペンを買い換える羽目になったものだ。3000円くらいするんだよねあれって(めがね屋にあるような機械で掃除できるのか!知らなんだ)。当時、その他の製図用具含めて、建築学科全体で東急ハンズANNEXにいくらお金を落としたことか。
CADは使っている人は使っていた。授業としては一こまだけで、当時でさえもうだれも使っていなかったPC98(FDはぺらぺらの5インチである)のある学科の演習室でJW-CADをやった。4年になって卒業設計に入ると、意匠・計画系の人はほとんどMACを買い、MiniCADを入れて使っていた。その頃、父親が「自腹で買ったパソコンを会社で使っていたけど、やっと会社がパソコンを買ってくれた」とかいって会社の知り合いに組み立ててもらったという自作Windowsマシンを家に持ってきた。自宅のパソコンとしてはMZ-2500以来約10年ぶりである。卒論はそれで書いた。
おかげでわたしはMacを買ってもらえず、みんな操作方法について教えあったりして、研究室でも家でもMinicadで製図を進めているのが羨ましかった。ちなみにこのパソコンは今でも実家にある。Win95でCPUはPen100Mhz、私が実家に帰ったときにメールチェックする以外、家族は誰も使っていないらしい。
#3 都市の空間認識
途上国の人が都市を空間的に認識していないという話もあった。みやのさんの日記にもあったが、わたし自身も都市をどれだけ空間的に把握しているか疑問だ。東京とか名古屋だと、まず鉄道路線網があって、まず駅まで行き、駅から目的地までどう行くかというところだけ押さえておけばいいと思っている。だから私の認識も、空間的というよりは網目+α なんだよね。
名古屋だと車社会なので、学生でも自分専用の車を持っている人が珍しくなかった。そういう人は主な道路網を中心に考えるので、地下鉄の路線と駅で認識している私と話がずれることもあった。
交通網が発達している都会なら、そんなふうに網目で認識できるし、目が詰まってくれば連続的に空間を認識しているのに近くなるけど、地元だとどうだろう。小さな市なので、かなりの面積がどうせ知っていても知らなくてもたいしたことのない田んぼとか、友達でも住んでいないかぎり行く必要のない住宅地で占められている。普段行くのは駅とか学校とか大型スーパーくらいだった。だから認識する必要がないところは意識から抜け落ちているというのはあるだろうなと思う。
私は地元で車を運転することがほとんどなかったので、かなりの距離を自転車で移動していた。そうすると無駄に動きたくないので少し考える。でも車だと別に疲れないし、空間を把握して最短距離を走ろうとしても、一方通行とか見たことのない細い道とか、車では走れない/走りにくい道に迷い込んだりするので、だったら普段どおりの道を走った方が楽だというのもありそう。必要がなければ空間認識も発達しないよね。うちの母親あたりはそうしていそうである。
#4 自由と経済と貯金
バロウズと経済を絡めて自由についての話もあった。これは去年3月の講演会で出てきた話の続きのような。以前は「経済の話と人生論を一緒くたにしていいのかな、とも思う。」などという生意気な感想を書いたことがある。
やっぱり可能性っていうのはいずれは一つに絞るためにあるので、やみくもにあらゆる義務から逃れて「何でもできる状態」に自分を置いておくだけじゃ幸せになれない、みたいなことなのかな。
それをお金に置き換えると、手元の現金=可能性ということになる。そしてよく言われることだけど「金はあの世まで持っていけない」。本当は「時間」というものも同じく可能性なんだけど、これはいやでも流れ去ってしまう。
可能性って「行動の選択の幅(お金も含む)×残された時間」じゃないかな、なんて思った。前者は自分の意思で最大限にできるかもしれないけど後者はできない。だからその時間を使ってなにかアクションを起こさないと、可能性を残しているように見えても実は残ってないということになるだろう。
個人的にいえば私も、最近までは目に見えるあらゆるものを掴もうとしていたな、と思う。きっとそれは無理で、自分の道とか自分にとって必要なことは少ししかない、それを確実にやればいいんだと思う。そして、どんな道であれ義務とかいやなことはきっとついてくる。自分にないものを持っている他人をうらやむことも多いけど、自分にあるものがその人にはなかったりもするのだ。と、話を聞いていてここらあたりに書いたようなことをイメージした。
2002-10-28 (Mon) [長年日記]
#1 5:30起床。はてなアンテナを30分以上いじって、設定変更が一切反映されていないことに気づく。設定ページでは変更されたように見えるが、実際にアンテナを表示させると変わっておらず、その後設定ページに行くと、元に戻っている。やはり自分でアンテナ立てるべきか。朝から何やってるんだか。
#2 つきあっている相手をどう呼ぶか?
ほそのくんの関心空間。10/27追加分では「恋人が〜」を連発していてとても幸せそうである。会って話したときには「相方」と言っていて「おまいら漫才コンビかよ!」とさんざんつっこんだのでこういう表現になったのだろうか。ほそのくんの彼女がネットを始める時が来たらあれを見てどう思うか、人ごとながら心配になってしまう。
ネットで日記書いている人で、つき合っている相手を「相方」と表現しているのをよく見るけど、口に出している人はあまり見たことがなかった。私は「彼氏/彼女」がもっとも恥ずかしくない表現だと思うし自分でも使うのだけど、どうなんでしょ。
そういや英語だとなんて言ってるんだろ。Boyfriend / Girlfriendという言い方も聞くけど、単なる友達とどう区別するんだろ、とか。歌だと my man とか my girl とかも言うけど、一般的なおしゃべりで使うのかなぁ。
# yuco [あ、なるほど、別の言い方があるのですね>ウラウラさん。ありがとう。]
# yuco [叶姉妹はさすがって感じですね。やつらはマジで「メンズ」からの貢ぎ物で食ってるのであろうか。そういやsteadyという..]
# nicola [ギャルは彼氏を「ヤツ」とか言いますよね。 あんまりオトナの女性向きじゃないですけど、これも一種の照れ隠しなのかしら。]
# 殺助 [ところで、当のほそのさんが出てこんのはなぜ(;´Д`)? まさか、こんなところで、語られてるなんて夢にも思ってないと..]
# yuco [「ヤツ」とかいうの?ギャルの友達いないのでしらなんだ(;´Д`)でも「ヤツ」て軽く「あいつ」くらいの意味でも使いそう..]
2002-10-30 (Wed) [長年日記]
#1 ジョン・レノンミュージアムに行った日の日記をやっと補完しました。土曜日の講演録も大幅に書き換え。
#2 自宅でお風呂
自宅でお風呂に入ろうとするが、お湯張りにしても沸かすにしてもタイマー的機能が不十分で、お湯が湯船からこぼれたとき音で気づいてやっと蛇口を止め、しばらく沸かしていたら熱すぎて入れないなど散々。日記を補完したりwikiを設置しようとしてエラーが出るので再設置したりしながらだったのでなおさら。
結局午前5時に湯船のふちまでひたひたになっているお湯が熱すぎるのであきらめ、数時間後にはちょうど良くなっているだろうと信じて寝る。
というわけで今朝は贅沢にも朝風呂。ややぬるかったので沸かしながら入る。そして入った瞬間にはざばーーーっとお湯がこぼれて贅沢やなぁというよりはもったいないなぁと思いながら入ったのであった。そして私の体積も最近とみに増えたなぁと。


ツッコミ入りRSS

Before...
# yuco [というわけで、高級官僚ネットアイドルyuco です(わはは)。 ところで、 http://newsclip.chem..]
# すずき [渋谷の道玄坂じゃなくて、渋谷の円山町と言って欲しい(謎)>ラブホ]
# yuco [あれ、円山町でしたっけ?まちがえたかも。]
# すずき [道玄坂でも間違っちゃいないんですけどねー。 今度お会いしたときに名刺を渡します。理由はソコに(笑)]
# yuco [ええと、すずきさんのオフィスが道玄坂ってことなのですね。ラブホ街と一緒にすんなああああ!ってことでしょうか。失礼しま..]