1998-12-01 [長年日記]
# [Life] 4畳半で3人暮らし!
9月のはじめに院試を受けて、その後すぐに(非公式にだけど)合格を知らされた。その時点で、10月から上京することが決まった。そうは言っても、部屋探しとかどーするか。寮に入ろうと思ったが、寮は10月入学などという今年から始まったようなけったいな制度には対応しておらず、入れるとしても11月からだという。一ヶ月どうやって過ごそうか…
ちょうどその頃、通信制大学に通っている(という言い方も変だが)名古屋の友達が、9月半ばから東京に引っ越すという。その子は、同じく名古屋出身で8月から東京に住んでいる子と一緒に住むという。「私もまざっていい?」と頼んだら、OKとのこと。「でも4畳半だから、荷物できるだけ持ってこないでね(!!)」もう一人の子は、のりちゃんと言って、私は一度しかしゃべったことがなく、ほとんど初対面に等しい。友達とさえ言えない関係、狭い部屋と、断る理由はいくらでもあったのに、快く受け入れてくれたことには心から感謝。
かばん2つ(着替えだけ!)を持って上京し、はじめに住んだのは、俗に外人ハウスとかゲストハウスとか呼ばれる、週単位、月単位で借りられる外国人ばかりの設備共用アパート。「外国人不可」のアパートは多いけど、理不尽な差別がこんな不思議な空間を作っているのね。もとは広かった部屋を仕切ったらしく、窓がない部屋とかもある(建築基準法に違反してないかソレ??うちらの部屋にはあったけど…)
いつも帰ってくると誰かがビールを買ってきて、キッチンでみんなと、あるいは部屋で3人だけで飲み語ったものだわ。おかげでいつも寝不足。大学院に行きはじめて、学校でも留学生に囲まれ、帰ってもまた、というわけで今までの人生での全英語量と同じくらいを東京に来てはじめの一ヶ月でしゃべった。4畳半の部屋にはふとんは2組しか敷けず、いちおう後から来たものとして遠慮して真ん中の2枚の継ぎ目のところで寝る。もちろん寝てても足とか当たっちゃうし、長くはできない生活スタイル。
でも、これもはじめの10日間くらいで、その後そこから歩いて数分の、もうちょっと広い(普通の)アパートに移る。私は更にしばらくして寮に入り、東京ではじめて「わたしのおふとん」で寝る幸せを味わう。今も2人はそのアパートに住んでるので、時々遊びに行って、東京での第2の我が家状態。寮に入ってもうすぐ2ヶ月、落ち着いた生活を送ってる。あの頃のような暮らしは2度とないだろう。
1998-12-04 [長年日記]
# [Event] UNCRDグローバル・フォーラム (12/1〜4)
名古屋でぷー太郎していた頃にちょっと出入りしていた、UNCRD(国連地域開発センター)の国際会議。問い合わせると、学生でもOKとのことで、参加。研究室内のメーリングリストにまわしたら、うちの研究室からの参加者が8人にもなる。4日間(+レセプション)で2000円は安い。レセプションは国際センタービル最上階の中華料理「東天紅」だった。
内容だけど、日本語の通訳はわかりにくいので、「これも勉強」と英語のまま聞くことにするが、わたくしの英語力では悲しいことに100%は聞き取れずふがいない思いをする。ぶ厚い資料集(10cmくらい!)をもらったので、自分の研究に関係のあるとこだけでも読むぞ〜。こういう空気に触れるだけでもいいんだよね、まだM1だもんね、と自分をなぐさめる。
研究室から8人も行って、近くの地下街に案内し、みんなでご飯食べたりするのが楽しく、修学旅行みたいなノリであった。また、私の中では別々に区切られていた、名古屋の友達と東京の友達がしゃべっているのが不思議。
実家に研究室の友達2人を泊めたら、「家が大きい!庭が広い!」って感動してる。2人とも都会っ子だわ〜。このくらいの家は岐阜じゃ庶民なの。私は逆に都会の家の狭さに驚いてるんだから。
久しぶりに実家で、ごはんは作らずとも出てくる、洗濯もしてもらえる生活を満喫してから東京に戻った。
1998-12-05 [長年日記]
# 安藤忠雄の授業
隣の建築学科で毎週金曜日にやっている安藤忠雄の授業を受けている。他大学だが建築学科を出てる私は、最初はミーハーに、芸能人を見に行くような気持ちで行ってみた。自分の作品のスライドを見せて、コメントをつけるという授業で、まあ理論を教える授業よりは嫌でもおもしろくなるところだが、関西人だからか、サービス精神があるというかトークがとてもおもしろい。実物は、気さくな関西のおじさん(すいません)という感じ。でも話のはしばしから、「頭の良さととてつもない行動力の人だなあ」いうことを感じさせる。
「20代でやりたいと思ったことが、40、50になって実現できる」
「建築は色々な人との共同作業だから、一人で勝手には作れないけど、考えることは自由だから、ひとりでいろいろ構想すればいい。それは考える力をつけるし、年をとってから実現するものだ」
「20代で色々経験して、やりたいことを見つけないといけないのに、東大生はしっかり学校に来ていたりして、真面目すぎる。もっと海外に出たりした方がいいのではないか」etc.
思いきり人生を語っていただく。彼自身、自由奔放な20代を送っている人なので、説得力がある。ネームバリューに加えて話の面白さで、毎回超満員で立ち見が出るくらい。
他学科だけど、履修登録はできるのでしっかりしておく。これで成績表に、「指導教官 安藤忠雄」が残る。友達に自慢しよっと!これを2月まで聞けるなんて超おいしい、と思っていたら、全5回で授業は終わり。翌週からアメリカに行ったとか。有名建築家は忙しい。
1998-12-06 [長年日記]
# 「20代ネットワーク」について、わたしの解釈。
あたしがこういう場所に出入りするようになったのは一年と少し前、大学4年の秋頃で、当時つきあってた彼氏を通じて知った。
これは、自然発生的に始まったものなのできちんとした組織はないし、説明するのも非常に難しい。これを通じて知り合った人たちのホームページなんかでも、最近ぼつぼつ出ているこれ系の本でも、「20代ネットワークとは何ぞや」ということに、しっかりした説明がなされているのを見たことがないので、できるだけ固有名詞を省いて、知らない人にも分かるように、あたしなりの解釈を書いてみようと思った。
◆ ◆ ◆ ◆
まず、大事な言葉として「サロン」というのがある。これが、東京、大阪、名古屋、仙台、広島、福岡など全国主要都市にはあるらしい。それは飲食店だったり、誰かの住んでるアパートだったり、定期的に研修施設のようなところを借りているなど、形はいろいろ。
このような形態がはじめに成立したのは名古屋だという。あたしは名古屋にいた頃これに何回か出ていたが、そこには東京や関西の人たちも来る。いつも全国を飛び回り、全国に友達がいて、どこからそんな金が出てくるんだと思うようなのもいる。
集まる人たちは、イベントとかサークルとかNPOの運営をしたり、会社を経営してたり、市民団体の代表だったり、はたまた本を出版したりCDを出している人たちもいる。新聞、雑誌に載ったことのある人はざらにいる。あと政治家目指して選挙に出るとかいう話を最近よく聞く。ってわけで、いろんな分野でそれなりに傑出している人たちの密度が高いのだろう。年齢的には、その名のとおり学生〜20代後半が多い。またアイセック、ETICのような全国規模のつながりのあるサークルを通じて来る人もいるみたいだ。
この中で、全国的に名の売れた「ネットワーク系有名人」なる人々がいる(本人はそう呼ばれることを快く思っていないかもしれないが)。それは各地の「サロン」を最初に開いた人だったり、あるいは他のことで有名になった人だったりする。そういう有名人たちに影響されてか、各都市ごとに集まる人種は微妙に違っていると私は思う。
◆ ◆ ◆ ◆
で、そういう集まりでは、「今やっている活動」とか「将来やりたいこと」とか、結構まじめな話がなされている。また、それ系のメーリングリストもいくつかある。あたしもその一つに入ってるけど。
内部にいる人は、「この業界」という表現を使う。あるいは、「熱く語る」「全国を飛び回るネットワーカー」「熱い20代」なんて単語もまたよく使われる(キャーはずかし〜)。語ってるより行動しろよ、全国を飛び回っても、あちこちでただ楽しくお話してくるだけなら意味ないだろ、とも思うんだけど。
そうは言っても、あたしもこれを初めて知った頃は、けっこう影響された。自分の知り合いの知り合いくらいに、本を出す人、会社を経営する人、テレビに出る人がいるというのは平凡な学生にとっては大したものだったから。熱にうかされていた頃は、こんな人たちを取材して歩くジャーナリストになろうかと思い、実際に出版社や新聞社の入社試験を受けたくらいだった。
でも、ここでいろんな人たちを見るうちに、どんな知り合いがいようが、結局大事なのは自分が何をするかだ、という超あたりまえのことに気づいた。すばらしい行動力があっても、目立ったことをしていても、考え方的にいただけない人もいるし(もちろん尊敬できる人はそれ以上にいる)。ただ、大抵のいろんなことをしてる人を見ても「これもアリね」って、受け入れる免疫ができた。
去年の夏、院試の勉強をしていたとき、2ヶ月ほどだけど、ネットワーク系はもちろん他の人間関係もほとんど断った。メーリングリストも止めたし。あたしはそんなふうに、何かをするために必要ならばすべて切ってひとりになれることが大事だと思ってる。
そんなふうに客観的に見てこんな文章を書いてみて、最初にサロンとか全国のネットワークとかを考えて行動に移した人たちというのは、すごいんだなあと改めて思った。彼らはあたしとほぼ同年代で、この一年ほどで知り合いになったんだけど。こういう場所に参加する人たちは増え続けているし、みんな次々にまねして各地にサロンとか開いているのだから。
あたしはこれから、この「ネットワーク系」に関する仕事にはつかないし、はまりすぎることもないだろう。でも面白い場所ではあるし、いい友達にも出会ったので、自分の専門分野のことを最優先しながら、ときどきは顔を出そうと思ってる。
1998-12-07 [長年日記]
# [Book] 高校生雑誌
素人がいっぱい出てるいわゆる「高校生雑誌」が気になる。コンビニとかでつい気になって読んでしまう。“egg”とか“cawaii”はケバいが、東京に来てから、これなら読めると思ったのが「東京ストリートニュース」。くどさ、ケバさがない。もし私がふつーの高校生で、かわいく写真を撮ってもらい、ほめほめキャプションと共に1ページ載ったらやっぱり嬉しいのかも。しかし彼らって、みんな同じようなセンスだ。ストリート系の服に、将来の夢はDJ、スタイリスト、ダンサー、ネイリスト…要するに、アメリカの悪ガキ系?
私の高校のときはこーいう雑誌はなかったし、センスもちょっと違ったけど、基本的に高校生の世界の狭さは同じねって思った。「大学生雑誌」がないのはみんな興味がバラバラすぎるからなのでしょう。
1998-12-20 [長年日記]
# 鎌倉に行ってきました
東京から電車で約1時間、着いたら別世界のよう。街がコンパクトで、歩いて回れる範囲にお寺が多い。車の少ない細い道を歩きながら、ぷらぷら散歩(もちろん時には大通りもあるけど)。住宅も東京みたいな余裕のない感じではなく、どことなく上品。
- 細い道路が多い(特に商店街の中など、車が通れない)
- コンビニ、大型スーパーのたぐいが目につかない
- 従って、大きい派手な看板があまりない
- 鶴岡八幡宮の前の並木
このあたりは、都市計画関係の多大な努力があると思う。
鶴岡八幡宮前の商店街で入ったおそばやさんはおいしく、落ち着いた一日でした。冬になってお寺に雪が積もったら、また来てみたい。
1998-12-23 [長年日記]
# [Museum] オランジュリー美術館展
渋谷のbunkamuraで見てきました。パリにあるこの美術館が改装する2年間のあいだ、今回の東京をスタートに、展示品は世界中を回るそう。
いや〜しかし、休日の昼になんて行くもんじゃないわ。入ったら待ち時間0分という表示。0分だからいいようなものの、こういう表示が必要になること自体信じられない。入っても、並びながら横にある絵を見せてもらってるという感じの人口密度。
絵自体はルノアールとかの印象派で、結構好きなんだけど、耐えられないのでみんなの頭越しに後ろからささっと眺めて、15分くらいで出てきてしまった。そして、いつものごとく絵ハガキ選びに燃えたのだった。(あーこの絵の絵ハガキ欲しかったのに〜ない!!ってことも、よくあるけど)
それにしても、東京の人にとっては美術館といえば、あのくらいの混みようが当然なのかな、かわいそうに。名古屋や岐阜じゃあれはないぞ。こんなに絵が見たい人がいるんなら、もっと美術館増やしてもいいのに。教訓:これからは学生の特権を生かして、美術館は平日の午前に行くべし。
1998-12-24 [長年日記]
# [Life] ただいま寄生虫、じゃなくて帰省中
昨日の夜から実家に帰る。いやぁ、ご飯を作らなくてもよい、洗濯もしなくてよいというのはありがたいことですわ。実家で何をしているかというと、久しぶりにテレビを延々と見、指がふにゃふにゃになるまでお風呂に入り、お電話をし、そしてこたつで寝るですよ〜。出かけたと思ったら本屋で雑誌を立ち読みし、気が済んだら帰るというバカ指数100%!お風呂は寮では共同なので、一人で入れるというのは貴重なんだから、ときには4時間くらい入ってみるのもありだよね〜。
雑誌好きの割には世の流行に無関心な人なので、クリスマスイブに何やってんだ〜とかいうのは、意外と自分では思ってない。どーせ彼氏いないですよ〜。
1998-12-26 [長年日記]
# [Misc] 男と女の違い
12月26日に「the忘年会」に出た。いわゆるネットワーク系の集まりで、こういうところで実績のある人、尊敬されてる人、何か面白いことやっている人ってどうして男の人が多いのだろうか。
という質問をある人にしたところ、「男は子供のころから、遊びで戦略を立てている」「みんなのために何がベストか論理的に考えられる女性は少ない」「切り捨てるべきものがある場合に、女性はそこで感情的になってしまって、優先順位をなかなかつけられない」などの厳しい意見。
う〜ん確かに、わたしも勉強会を開いたこともあるけど、自分がいいだしっぺであり、それに雑務を引き受けているのだから、やりたいようにやらしてもらう、という気持ちしか持っていなかった。社会の中での位置づけとか、対外的なPRとかをしてみたらとも言われたけど、どうしてそういったものが必要なのかピンと来ない。わたしは興味がある、だからやる、というだけ。それでも、わたしはまだしもそういう論理的な部分も持っている方だと自分では思うし、女の子同士のあまりにも感情的なノリって苦手なんだけど。
あと女の子には、「わたし、こ〜んなに頑張ってます!」みたいなPRができない人が多い。わたしもそうなんだけど、そういうのって何かはずかしいというか…。男の子は社会的な認知を得るために活動して、それをPRすることに違和感がないみたい。
こういう男女差の原因は、後天的社会的なものだけなのだろうか。戦後男女が一緒に教育されるようになってずいぶん経つのに。わたしの個人的なことで言えば、「女の子だからこうしなさい」という教育はいっさい受けなかったし、高校からはまわりにはむしろ男の子の方が多いような環境で生活してきた。なのに、女性の特質を挙げられて、うなずけるところがあるのは、なぜだろう。
それから、わたしも含めてだけど、国際とか海外とか英語とかいうものに、女の子がたくさん集まるのはなぜだろうか。(しかしこういう場所にたまに男の子がいると、これがまた女の子の平均よりはるかに切れ者だったりするんだよね〜)ひとつには日本は世界的にも一番の男性優位社会で、(これははっきり指標にも表れるということを最近知ったんだけど)どうにかしてここから脱出したいというのが無意識にでもあるのだろう。でもそれだけではない気がする。異文化とか異言語に対する適性は女性の方がある、というのをどこかで読んだ。反対に女性は物理とか数学に弱いと言われる。わたしは工学部に入ったのだから、女性の平均よりはできるんだろうけど、工学部にしてはからっきしダメだった(やる気がなかったこともあるけど)。それで今、工学部の大学院とはいえども、まったくの文系的学科にいるわけで。
やっぱり今のところ、「優秀な人」には男が多い。わたしの希望としては、もっと女性も増えてほしいんだけどな〜。



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