2003-04-15 (Tue)
#1 Blog議論@今日の谷島宣之の情識
忙しいのにこんなネタを見つけたので更新してしまう。このページは翌日になったら書き換えられてしまうので。
「谷島宣之の情識」で、こんなメールが読者から来たとして紹介しています。ある意味blog論の典型的な意見ですね。私はこれに割と賛成だけど。
しかしIT Pro(の一部)に、こういういかにも個人サイト的な意見が掲載されるとは。もちろん「実は個人サイトには、今まで思われていた以上の力がある」ってことを言っているのが、いわゆるblogムーブメントってやつなんだろうけど。
■「blog」という言葉は,私も含めた日本人インターネット・ユーザーの一部から反発を買っております。なぜなら,米国人がblogなどと言い出す前に、日本には「Web日記」の文化があったからです。1995年頃からWeb日記を始めている人たちが日本には多数います。そしてWeb日記とblogは本質的にまったく同じものです。にもかかわらず,最近になって「米国にはblogというインターネットの新しい文化がある。日本人もblogを始めるべきだ」という内容の記事がマスコミをにぎわせています。これはあまりにもいただけない内容です。「なんでも米国が新しく,正しい」という戦後日本人の典型的な思考パターンを踏襲するものです。「米国でいうblogは,日本においてはWeb日記という名称ですでに定着している」。これが真実であり,公平な記事の書き方だと思います。
そういえば完結したsplash!でのdemiさんの連載も同じような結論に落ち着いていると思うのだけど、海外事情をよく調べてあって面白かった。
さーてしごとしごと…。
2006-04-15 (Sat)
#1 「就職サイト」が大学生を選別している?んなバカな。
ある就職サイトでは、登録した学生が在学する大学名によって、送られてくるメールや資料の数に以下の表に示すような大きな違いがある。
(略)
このように、就職サイトでは、登録した学生の大学名によって自動的に情報提供のスクリーニングが発生しているのだ。もし学生が就職サイトだけに依存せず、様々なルートを通じて企業にアプローチしているなら、こうした情報格差は緩和されるだろう。しかし、もし学生が就職サイトから来る情報を重視し、そこから送られてくるメールや資料の範囲で就活を行おうとするならば、それは大学間の情報格差生成装置たる就職サイトの陥穽に自らはまりこんでしまうことに他ならない。こうした就職サイトの弊害はもっと世の中で喧伝されるべきだ。
(※強調はyucoによる)
おいおいおい、ちょっと待ってよ。「自動的にスクリーニング」とか「大学間の情報格差生成装置たる就職サイト」って、なんだか「就職サイト」が勝手に学生を選別しているような言い方じゃないの。本田さんは就職サイトがどのように運営されているかご存知ないのだろうか?
以下に自分の経験を交えていろいろ書くが、結論はひとつで「情報格差の原因は『高偏差値大学の学生を採用したい』という企業の意図であり、就職サイト経由だろうがそれ以外だろうがアプローチの手段は関係ない」ということだ。
新卒の学生向け就職サイトでいちばんの大手はリクナビだが、企業は、リクナビに登録する学生に見つけてもらうことや、電話や郵送での問い合わせに対応する煩雑さを避けられるといったメリットがあるので、お金を払って登録しているのである。就職サイトはボランティアで学生と企業の間を取り持っているわけではない。
企業は、就職サイトを通じてコンタクトを取ってくる学生や、コンタクトを取ってこない学生にもメールを出したりする。そこで在籍大学によってメールの数に差が出るとすれば、就職サイトではなくそこに登録する企業が選別しているのだ。就職サイトに登録した企業が「このサイトに登録している東大・京大・阪大の理系男子学生にだけメールを送る」とかいうことが可能になるのが、こういった就職サイトに登録する企業側のメリットのひとつだし、運営企業はそういうオプションに対して余計にお金を取ったりするわけである。
また「就職サイトの弊害」というが、インターネットが一般化する前から就職活動での所属大学による情報格差は存在した。それは「冊子やDMの郵送」という形で行われていた。ネットが一般化する前は、就職活動の時期になると、現在「リクナビ」を運営しているリクルートから企業情報が載っている分厚い冊子が届いたものだ。
私は1998年に学部を卒業したが、当時は就職活動でネットが使われ始めた時期だが、冊子の郵送もまだ残っていた。いちおう旧帝大の学生だった私のところには、卒業の前年に「普通の冊子」とは別に「旧帝大と早慶向け」の冊子が届いた。これだってもちろんリクルートが気を利かせて送ってくれた(笑)わけじゃない。そういう大学の学生だけに採用情報を知らせたい企業があるのが現実である。
就職サイト以外のルート?
もし学生が就職サイトだけに依存せず、様々なルートを通じて企業にアプローチしているなら、こうした情報格差は緩和されるだろう
とあるが、これは本文中で示した「就職サイト内で大学名を変えてみた調査」*1では証明されない。
これを証明したければ、同じ学生が「就職サイトを使うこと」「人事部に電話すること」「OB訪問をすること」などを比べる必要がある。しかし企業の人事部の方針として「偏差値○○以下の大学の学生は採用しない」となっているなら、どの方法をとっても結果は同じだ。就職サイトを通じた学生へのメールが企業の人事部の意思で行われていることを考えると、そうなる可能性が高い。というか、もし人事部に電話したら、9割方「うちはリクナビに登録していますのでリクナビから応募してください」とか言われておしまいだろうな。
私の経験から言って、就職サイト以外のルートだって情報格差は十分に存在する。たとえば、非公式な就職慣行のひとつに「OB訪問」というものがある。学生側から興味のある企業にコンタクトを取ると、面識がなくても大学の後輩だというだけで会ってくれて、採用ルートに乗せてくれることもあるという制度だ*2。そのほかOBの方から採用活動の一環として後輩である学生に声をかける場合もある。これは自分の行きたい企業に同じ大学の卒業生がいるかどうかで差が出るし、OBから声をかける場合は、特定の大学の卒業生に対してだけ行われるのが普通だ。この方法は、ふだん人事以外の業務をしている社員が労力を使うことになるので、不景気にともなう通常業務の増加&採用人数の減少とネットの普及で下火になったと言われているが、最近の好景気で復活していても不思議ではないだろう。
私は東大の大学院なんてところを出ているのだが、就職活動シーズンになると学内の掲示板に有名企業や官庁の説明会のお知らせが貼ってあり、東大の教室を借りたり、東大付近のお店などでOBと話す会が開かれている。これがすべての大学で行われているとは思えない*3。本田さんは東大の助教授だそうだが、教えている学生さんにこういう話を聞いたことはないのだろうか?「就職サイトの弊害はもっと世の中で喧伝されるべきだ」と思うくらいなら「OBと話す会」が一部の大学だけで行われていることも告発すべきだと思うのだが。
さらに追加すると、私は工学部出身なのだけど、理系だと「学科(研究室)推薦」という制度がある。企業が特定の大学のある学科から○名欲しい、ということを就職担当の教官に伝えておき、あらかじめ学内で選抜して、企業に指定された人数を送り込み、企業では一応テストや面接はするけど落ちる確率は低いというものだ。
就職に限らずほとんどの場合、インターネットというものは今まで行われてきたコミュニケーションをスムーズにし、可視化しただけで、インターネットによって新しいコミュニケーション(または今まであったコミュニケーションの喪失)を生み出したという例はそんなに多くないし、少なくとも今回は当てはまらないと思うのだが、どうだろうか。
本田さんのブログはずっと読んでいて、労働問題・教育問題・世代間格差などを論じてらっしゃる方だということは知っていたし、著書も読んでいる。企業に入るための就職活動を一度もしたことがないのかもしれないが、労働問題を論じる学者さんとしてはちょっとずさんなのでは。
追記:就職サイトではなく企業が大学間格差を生んでいることはあったりまえの前提として、「情報格差」とか「公式/非公式なルート」とかについて考えてみる
「情報格差」というのも微妙な表現だよね。「企業の情報」を知りたいのなら企業のウェブサイト・会社四季報・各種業界本などから取ればよい。一般消費者向けのサービスをしている会社なら客として経験してもいい。ここに大学名の差はない。しかし取り上げられた研究では、大学によって「企業からのメール・資料」の数が違うと言っているので、ここでいう「情報」とは「自分を採用候補として検討してくれる企業」のことだろう。
「情報格差」において不利な学生が、それを克服するために情報をたくさん集めたいとする。「公式なルート*4だけを使う」と「公式なルートに加えて、OB訪問のような非公式なルートも使う」を比べれば、明らかに後者の方が情報が多い。んで、公式ルートには大学間格差があるのは、いわゆる「就活」をしたことのある人なら常識だ。
しかし、非公式ルートは使う人が少ないから非公式なのであり、非公式ルートに大勢押し寄せたら業務が回らない。したがって、低偏差値大の学生が、自分を公式ルートに乗せてくれない企業に対して、非公式ルートを試してみるのはもっと難しいだろう。というか、前述のように、むしろ有名大学の学生のために非公式ルートはふんだんに用意されているのだ。
それがダメなら、そもそも「大学の偏差値によって企業の入りやすさが違うのは、正すべき不正なのか?」という問題になってしまう。
普通、Fランク大学の普通の学生がマッキンゼーに入りたいと思っても、まあほぼ100%無理でしょう。しかしその人が学生時代に起業して成功をおさめていれば、話は別だ。でも、学生時代に起業するような、能力によって学歴の壁を越えるタイプ(いやコネでもいいけど)の人は「就職活動=就職サイトに登録すること」なんてはなから思っていないだろうし。
*1 これはこれで興味深い調査ではある。しかし「『あるだろう』と思われていたものがやっぱりあった」というものであり、それ以上でも以下でもない
*2 追記:一般に「リクルーター制度」と呼ばれていた。またこれを非公式と呼んでいいものなのかどうかは微妙。ただし、話の本筋には影響はないと思うのでこの注釈をつけた上で残します。id:fhvbwxさんのご指摘で気づきました。 http://d.hatena.ne.jp/fhvbwx/comment?date=20060415#c
*3 というか、私は学歴ロンダリンガーなのだが、学部時代に在籍していた旧帝大では官庁の説明会はなかったなぁ
*4 現在、初期段階はほぼネットに集約されているだろう
# 常夏島日記:[教育][経営]学校名によるスクリーニング まずは[http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20060414#p1:title=こ..
# April Fool 100% blog(旧Apple100% blog):「就職情報の大学間格差生成装置としての就職サイト」問題まとめ 私見 問題の卒業論文自体は架空登録ってどうなの?という倫理上..
# diary.yuco.net:就職サイト問題その2 (その1はこちら。) 既にいろんな方が書かれているようなので..
# テライマンblog:就職サイトがどうのこうの もじれの日々 http://d.hatena.ne.jp/yukihonda/20060415 を中心..
2008-04-15 (Tue)
#1 ThinkCフォーラム ストリーミング中継を見ながらチャットします
著作権保護期間延長問題を考えるフォーラム 公開トークイベント vol.6 シンポジウム「著作権には何が欠けているのか −創造の円環(サイクル)を廻しつづけるために」の予約申し込みをしなかったせいで行けなくて悔しいので、ストリーミング中継を見ながらlingrでチャットをします。URLは以下の通り。午後6時くらいからいる予定です。
これを見た方は宣伝してくれると嬉しいです。(twitterで宣伝しようと思ったら落ちてるし…)
【20:50 追記】 6時半前からずっと聴いていましたが、20時前あたりから音が聞こえなくなってしまいました。ぶちぶち途切れたような、ラジオの周波数が合っていないときのような感じで最後の約1時間は過ごしました。やっぱりこういうのは現場に行かないとダメですね。
#2 『恋多き女(Elena Et Les Hommes)』@東京国立近代美術館フィルムセンター
前日のルノワール+ルノワール展で、ジャン・ルノワールの映画を少し観てみようと思い、フィルムセンターで現在上映していることが分かったので、観にいってきた。
この映画はルノワール+ルノワール展では画家のルノワールの「田舎のダンス」(画像)と並べて映写されていて、イングリッド・バーグマンは好きな女優だし可愛く撮られている感じがしたので観にいくことにしたのだけど、実際その通りだった。
ルノワール+ルノワール展に出ているからだろう、関心空間にbunkamuraのスポンサーキーワードというのができていて、この映画の解説をしている。
解説文によると、
「フレンチ・カンカン」の翌年に作られた、これぞジャン・ルノワール作品の真骨頂、といえるラブロマンスコメディー。
19世紀末から第一次世界大戦が始まるまで、パリが歴史的にもっとも華やかに繁栄したベル・エポックと呼ばれる時代の雰囲気を見事に描き出したドタバタ活劇。そういう意味では”ジャンが描いた「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」”といえるでしょう。
ジャン自身が「イングリッド・バーグマンのために作られる映画」と予言しているように、とにかくイングリッド・バーグマンの比重が高く、彼女がポーランドの公爵夫人エレナを熱演。ロラン将軍役はジャン・コクトーの秘蔵っ子であったジャン・マレー、バーグマンをめぐって争う遊び人のアンリにメル・ファーラーが起用されました。
また、やはり名作といわれる「ゲームの規則」と酷似している点を指摘されたりするなど、「カラー版・ゲームの規則」と言われることも。
この映画、amazonで調べたら、VHS版しかなくて、DVDは出ていないのね。
ルノワール+ルノワール展で映写されていたシーンがちょうどyoutubeにあったので貼っておきます。展示会で写っていたのは、正確には上記動画の前半にあたるダンスのシーンまで。
上記の動画後半のyoutubeのラブシーンなんかから、最初からヒロインのバーグマンとこの男がくっつきそうだなというのは分かるので、あとはどういう過程でくっつくかというのが見物なのだけど、最後のまとめ方は急だし強引すぎるだろ…と終わってから思った。
バーグマンがフランスに来たポーランド人という設定なのだけど、やはり彼女がフランス人の役を演じるのは無理があるのだろうね。彼女は金髪で骨太な感じで大柄だけど、フランス人はもっとラテンな感じで、眼や髪の色がもっと濃くて小柄でないといけないんだろうな。この映画では恋愛大好きなフランス人と、恋愛とかあんまり意識しないで無邪気なまま男に愛されてしまうバーグマンの対比というのもある。
バーグマンを可愛く撮るというのが中心になっているというのもよく分かるくらい、彼女の衣装をはじめとして映像が華やかで、登場人物のコミカルな動きなど、見ていてハッピーになるという言葉がぴったりな感じで楽しく見られました。
【5/3 追記】上にyoutubeで貼ったみんなが踊っているシーンだけど、ルノワールの絵と並べるならむしろ「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」じゃないか? と思ったので貼っておく。上の関心空間の解説文にも”ジャンが描いた「ムーラン・ド・ラ・ギャレット」”とあるし、「田舎のダンス」は男女が対になっているだけなので、こっちの方が群集の中で踊っている感じが出て個人的にはいいと思う。




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