2002-04-07 (Sun)
#1 岐阜の山火事
実家の近くで大火事があったということを,「あんた,権現山燃えてまったよ」(←岐阜弁)と昨日の午後,母親から電話がかかってきて知った。まだ煙が飛んでいるしかなりにおうという。実家のあたりにも避難勧告が出て,うちの親も貴重品を持ち出す準備をしていたとか。私の通った小中学校が避難所になっていたとか。
テレビを持っていないので,NYのテロのときのようにニュースサイトを見たり,2ちゃんねるの関連スレから画像をアップしているのを見たりしていた。見覚えのある景色の写っているものもあった。岐阜新聞のサイトに載っている地図*1によると,本当に山一つ焼けたみたい。でも,亡くなった人などはいないのが幸い。ちなみに実家はこの地図にも入っている清住町というところ。もしかしたらうちの実家も焼けていたのかもしれないと思うとぞっとする。
岐阜県南部で育つと,子供時代からなじんだ風景として「北の方を見れば山がある」というのがあって,高校まではそれを普通に感じていた。大学で名古屋に行ったときに,周りを見回しても山が視界に入らない!というのが不思議な気がしたものだ。でもしばらくは,実家に帰っても見慣れた権現山はまるはだかだろうな。
*1 4月7日昼現在,もう掲載されていない
#2 同郷(岐阜の山火事(2))
こんにちはー。火元は芥見というのは確かに遠いという感覚です。でも風向きがそうだったのでしょうが,そのあとの燃え広がり方がすごかったですね。結果的に実家のかなり近く(とはいっても数キロはあったみたいですが)まで来ていたようで。510ha燃えたとか。まあ,住宅地の方に燃え広がらないだけましだったのでしょう。権現山は風景の一つとして見ているだけじゃなく,飼っていた犬を連れて遠出の散歩に行ったり,小学生のときには遠足に行ったりしてなじみのある場所なので焼けたとは…とちょっとショックです。実家に帰って実際どうなっているのか見たいような気もします。でもまぁ木だってまた生えますよね。
私のよく読む日記で言うと,ウノ日記のウノさんも岐阜出身だったとか。(←この日の日記は面白かったです。卒論でこのあたりのことを取り上げていていろいろ調べたのだけど,最近はどうなっているかほとんど知らなかったので)
#3 仕事と自分(Re*2:欲望を燃やそう)
直接的なお返事になるのかどうかわかりませんが,いろいろ関連のことで思ったことを。
会社では「やらされる」仕事というのがどうしてもあって、そのせいで「自分のしたいこと」ができないことはあるが、その「やらされる」仕事の中にも楽しみをみつけたり、自分のやりたい方向に密かに持っていったり、または自分の持っている戦略にとってプラスになるように働いていったり、という姿勢が必要だなぁ、と思う。そうしていくことで却って「自分のしたいこと」はブラッシュアップされていくと思うし
自分の中でどこか,「仕事モード」と「本来の自分」を分けていて,最近は時間的にもエネルギー的にも「仕事モード」が「本来の自分」を抑圧しているイメージを持っていた。
上の引用に即して考えると,「仕事」なんだから「本来の自分」のやりたいことなんて関係なくてやらされたことをやるしかないというか。
でも本当は,私が一個人として,例えばこの日記とかに書いた文章と,仕事を地続きのものにしたいと思う。そりゃ,文体とか取り上げる題材とか調べ物のレベルの違いはあるだろうけど,それは構わない。以前は,そのためにはフリーになるしかないのかなと思っていたが,考え方が変わってきた。
いろいろ書いていて,最初の「欲望を燃やそう」で使っていた「欲望」には,2種類の意味があったことに気づいた。一つは今書いている「自分が仕事でやりたいこと」。もう一つは,経済活動としての仕事と捉えて,「稼いだお金でしたいこと」。こっちの方は前の日記でむしろ触れていると思う。
2003-04-07 (Mon)
#1 新現実 vol.2
このvol.2を買ってくる前に、ネットで検索して新現実vol.1の感想を見たが、厳しい評価がほとんどだった。この本の責任編集をしている大塚英志という人が、こういう評論系の雑誌を出すことがいかに経済的に厳しいことかということと、だからこそ書き手側が自分の意見を発表できる媒体を作っていきたいというようなことを書いていた。それ自体は私には納得できたが、vol.1を読んだ人の感想は、「でも、それでできたのがこんな(低レベルな)ものじゃねぇ…」という感じであった。私はvol.1の方を読んでないので結局分からないけど。
さて、vol.2である。表紙からしておたくっぽい。高校の制服みたいなミニスカートで銃を持っている女の子の絵なのだが、これが『「新しい現実」を生きる思想誌』“新現実”で“特集 天皇制への立場”という本の表紙だというのはなんともなじまない。
やっぱり文字が細かくて多いのでなかなか大変。特に天皇論など普段あまり考えない問題に関する文章はとっつきにくい。ネットの著作権とか、五十嵐太郎の建築とセキュリティについての文章とか、以前に同じ人の文を読んだことがあったり、考え方を把握しているものはまだ読めるんだけど。
ギコ猫問題についての文章は、ネットやっている人ならまっとうだと思われる考え方でまとめてある。五十嵐太郎の文は論というよりは最近の建築とセキュリティがどうなっているかという紹介かな。巻末のマンガは面白くない。他のマンガの引用をすればカッコいいとでも思っているのかね?タッチはともかくきまぐれオレンジロードの内容なんて忘れたよ。
あとちょっと印象に残ったのは団塊ジュニア以下の世代はバカだという文章。私はまさに団塊ジュニア以下(1975年生まれ)なのだが、ここに挙げられている特徴にあてはまるとは自分では思ってない。筆者も「必ずしもこういう人ばっかりじゃないし」とか書いて逃げを打っているのだけれど、この特徴の描き方にちょっと興味を持った。
今日読んだのはこのくらい。あとまぁギャルゲーについてとかも読んでみるか…。
#2 日本語WikiNameのURL
「新現実」に「ローレンス・レッシグ情報」として載っていたURLはこれである。
http://www.yuco.net/wiki.cgi?%A5%ED%A1%BC%A5%EC%A5%F3%A5%B9%A1%A6%A5%EC%A5%C3%A5%B7%A5%B0
こんなURLを載せることに情報価値があるとは思えない。誰がこれを見てキーボードから入力しようとするね。でも他にどうしようもないしねぇ。これは日本語WikiNameを使う場合の問題点だなと思ったのでいちおうメモ。
日本語ドメインが使えるようになったら
http://www.yuco.net/wiki.cgi?ローレンス・レッシグ
みたいにならないのかなぁ?
【追記:この内容は現在、http://wiki.fdiary.net/NetSociety/?LawrenceLessig で見ることができる。】
#3 江戸川アパート見学
取り壊し目前の江戸川アパート見学。部屋まで見せてくれる。最後の人はほんの数ヶ月前まで住んでいた。江戸川アパートは同潤会アパート群のなかでも最後に建てられたもので、それまでの設計の集大成的なものになっているという。今の集合住宅との最大の違いはお風呂や食堂、床屋などを共同で持ったり、そこに住む人たちの間にコミュニティを作ろうという意識が高かったこと。中庭もきれいに手入れされていた。
#4 ヘンリー・ダーガー展@ワタリウム
ここの本文が空で「登録」ボタンを押すとエラーになってしまう。力尽きたのでそれだけ書いておく。
# kdmsnr [ブラウザが勝手に変換してくれる例。 http://www.google.com/search?hl=ja&q=レッシ..]
# ほそのひでとも [「誰がこれを見てキーボードから入力しようとするね。」ってのは素直な感想だと思う。 でも日本語ドメインが使える・使えな..]
# きた [LessigというWikiNameにする,というのが今のところ一番現実的でしょうねぇ.]
# 財務@ホテル暮らし [きまぐれオレンジロードは、 超能力者の主人公とヒロインが結ばれる話です。 ヒロインは最後に主人公が超能力者であること..]
# Dice [今更ですが、参考までに。 「日本語URLとUTF-8について」 http://www.zob.ne.jp/~kana..]
2006-04-07 (Fri)
#1 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』
検索エンジンの進化を技術面とビジネス面の両方から描いた本。んで後半はもっぱらグーグルの話になる。グーグル以前の検索エンジンとしては、アルタビスタは技術的にもいいところを行っていたのに、おもにビジネス環境のせいでつぶされてしまったりとか。
あと、私が以前書いた「文章によるネット上の表現」と「儲かるアフィリエイトサイト」は別物ではないか?と同じことが違う表現で書いてあると思えたところがあった。そしてそれが検索がビジネスになりうるキモなのである。
たとえば特定の商品を買おうかどうか迷っている人は、まず検索し、たどり着いたページに載っているAdsenseであれそれ以外であれ、役立つ情報ならどちらでもいいという気持ちでリンクをクリックする。
- 『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』p.157 より
どのようなオンラインビジネスにとっても、「未分化」のトラフィックはほとんど価値がなく、特別なトラフィックつまり「企業の商品やサービスと連動して行動する意思を持った」トラフィックなら、大変な価値がある。そしてこのような適切なトラフィックには、企業は相当額を支払う
これは後にオーバーチュアとなった会社を作ったビル・グロスの洞察である。オーバーチュアは広告料金を払ったものが検索の上位に来るという検索エンジンを作った。グーグルは、検索でどこが上位に来るかというアルゴリズムに広告を介入させるのを嫌がったが、この考え方を利用して検索結果の横に広告が出るアドワーズを立ち上げた。
オーバーチュアは、現在Yahoo!検索などの結果の上部に「スポンサーサイト」として広告を出すことが出来るというビジネスをしている。以下のような理由で検索結果そのものに広告をまぜるのはまずいだろう、というのが世間の大勢だったからだろう。
広告料金で検索結果の表示場所が変わる検索エンジンは、技術的に問題があるばかりか、メディアの倫理を明らかに侵害しているとされた。ゴートゥー*1は記事の中に広告を紛れ込ませているとされ、各報道機関も同じ立場に立って、編集の純潔性・中立性の側面から批判的な姿勢をとった。(『ザ・サーチ』p.165)
検索をめぐる企業の栄枯盛衰や、『ウェブ進化論』などでも書かれているグーグルの企業体質や目標、そもそも「情報を検索する」というのはどういうことであり、今後どう進化するのか、ヤフーとグーグルの検索に対するスタンスの違いなどなど、非常に面白い本でした。『ウェブ進化論』を面白く読んだ人にはおすすめ。
*1 のちのオーバーチュア
2007-04-07 (Sat)
#1 『踊る大紐育』@東京日仏学院
Amazonの解説は以下のとおり。
「ニューヨーク、ニューヨーク。怖いくらいすごい街。こっちはブロンクス、あっちはバッテリー・パーク。人々は地下を移動する」。確かにその通りだ。このベティ・コムデンとアドルフ・グリーンによる歌詞が、レナード・バーンスタインの曲にのった本作は、ニューヨークの絶景を永遠にフィルムに焼きつけることになった。
ジェローム・ロビンス振付によるダンス「ファンシー・フリー」をもとにした物語は、単純明快なもの。ジーン・ケリー、フランク・シナトラ、ジュレス・ムンシンが演じる海軍の水兵が、マンハッタン島での24時間の寄港を楽しむ。3人は一緒に、あるいは別々に行動。月間ミス地下鉄(ヴェラ・エレン)を求めて街を駆け回り、女性人類学者(アン・ミラー)と出会ったりする。
ほとんどのシーンはスタジオのセットで撮影されたが、コニー・アイランド、自由の女神、セントラル・パークといったポイントではロケ撮影が行われた。監督はジーン・ケリーとスタンリー・ドーネンの共同で、このコンビは1949年の珠玉の本作に始まり、その後、『雨に唄えば』(1952)、過小評価された『いつも上天気』(1955)を世に送り出すことになる。(Jim Emerson, Amazon.com)
私は1996年に初めての海外旅行でニューヨークに行った。フェリーから見るマンハッタン、ロックフェラー・センター、ウォール街などダウンタウンの光景、コニーアイランドなど、本作のおよそ50年後に私が見たニューヨークも意外と変わっていなかったなぁと思った。もちろん違うところもある。イエローキャブの車種や人々の服装、高層ビルの高さなど。
失敗したなと思ったのは、この映画は英語にフランス語字幕が出る形で上映されたのだった。ちゃんと確認せずに来てしまった。といっても、筋は単純なミュージカルなのでだいたいわかる。2、3分からない部分があり、ちょっと悔しかった。
それにしても、とにかくカラフルで楽しくて多幸感溢れる感じに圧倒される。単純に明るく楽しく、子供が見ても楽しめるんじゃないかと思う。彼らのように24時間というほど厳しい制限はないとしても、多くの人は観光客としてニューヨークを訪れ、ガイドブック片手に名所を訪ね、恋をしてそして毎日の仕事にまた戻っていく……というところまでは分からないとしても。
以前、ル・コルビュジェの弟子だった建築家の坂倉準三が設計した、と書いた日仏学院の建物はこんな感じ。中に入っているショップは下の写真なのだけど、また違う感じで可愛い。
今日は同じ日仏学院で17:30からの『ロシュフォールの恋人たち』も観たかったのだけど、17:30ぎりぎりくらいに着いたら「席がもうない」といって追い返されてしまったですよ。11時からの『踊る大紐育』の時に合わせてチケットを買っておけばよかったと思ったのだけどあとの祭り。


ツッコミ入りRSS

# よんひゃん [こんにちは。(^^) で、さらにローカルネタを。実家は、市役所の近くなんです。 ウノさんの日記関連ですが、JR岐阜駅..]
# yuco [こんにちは。私は高校時代,JRで岐阜駅に来て,南口に出てから10分ほど歩いて通っていました。その当時,岐阜駅は工事中..]